日記

直近7日分。

  • 4月17日(水)

     朝から地区センターの体育館を予約してある。9時から3時間。

     練習前に綴方に寄って、学報の手持ちがなくなったので取りに行く。工房には中岡さんがいて、リソグラフを使っていた。トラブルが発生して困っていた。その場で昨日作った本を見せたら、お金ちゃんと払いますよ、と買ってくれた。最初の買い手。本がコミュニケーションのための貨幣として機能している感じが心地いい。ありがたく受けとる。本当に嬉しい。実は、インターネットで売り始めてからまだ半日も経っていないけど、特に反応がない感じが不安で、これは売れないんじゃないか、と一瞬頭をよぎった。もちろん万が一売れなくても、特段生活に支障が出るわけではない。何万もかけて印刷に出したわけでも、不良在庫を200冊抱えているわけでもなく、在庫は自分で作った分しかないから危険はないわけだが、それでも、もし鳴かず飛ばずだったらちょっと寂しいなぁとは思った。でも、中岡さんが気前よく、餞別も含めて、と言って本の代金に上乗せしてPayPayしてくれて、なんだか元気になった。そもそもまだ数時間しか経っていないのに不安になっている僕も随分せっかちだなと感じる。

     今日の練習では、体育館だからできるヴァータックスの練習を重点的にして、いよいよ全編通せるようになった。要点はもう決まった。演技をする際に決めなきゃいけないのって要点だけかもしれない。あとは、その場その場で失敗したりなんだりすることも含めて、練習しておかないといけないんだから、何回も、本番だと思って通すのがいい。もう随分何回もジャグリングを人に披露してきているはずなんけど、いまだにこういうことに関して自分なりの方法が確立してない。でも、今回に関してはちゃんとなんとかなりそうで安心した。演技の中で、いくつか、好きなパートもある。ここは決めたい、というところがいくつかある。そこが見せ場になっている、ということの証拠かもしれない。

     昼12時ごろ帰宅。シャワーを浴びて、まだ天気がいいので洗濯を回す。パスタを茹でて食べる。出来合いのソースをかけてスペイン語の動画を見ながら食べる。喉が渇いているので、お茶をがぶ飲みする。今日は家の猫を実家に移す予定の日だから、夕方までに色々とやっておくべきことをやる。ボツボツと本が売れ始めている。信じなければね。本当に嬉しい。溜まらないように、黙々と発送作業をする。

     6時ごろになって父が車で迎えにきた。出発するため、猫をキャリーバッグに入れようとするのだが、随分嫌がって、ロフトに登っちゃったりするので、30分格闘した。悪いなぁ、と思う。なんで猫なんか飼っているのかな、という気分になる。実家に帰る途中にあるホームセンターに寄って、今持っているものより大きいキャリーケースを買った。こちらの方が負担が少ないかもしれない。今のはうちに来た時に使っていたけど、その頃よりも今の方が猫が大きくなっている。成長した、というより太った。

     家に着くと母が、なにしてたのかと思った、と出てきた。実家で猫をケースから出すと、くんくんと周りのにおいを嗅いでしばらく歩き回ったあと、テーブルの下でゴロンと横になった。前にも一度、僕が台湾に2週間行っていた時に実家に来たことがあって、その時のことを覚えているのかもしれない。ケースの中ではずっと鳴いていたけど、すぐに落ち着いてくれて安心した。1時間も経つと、カーペットの上でころんころんと踊るようなポーズで何度も寝返りをうっていた。両親に、今本を売っていてね、葉書も送るプランがあって、と話すと、へえ、知り合いばっかり買うんでしょう、と笑っていた。別に全然嫌な感じでなくて、ただ、そんなことやってるんだ、という感じ。僕はこういう感じで育ったのを思い出した。将来のこととかも、とやかく言われたことはなかった。本を渡したら、しばらく眺めて棚に飾ってくれた。■

     

  • 4月16日(火)

     起きてすぐに、作った本の中に誤植を発見。英単語の綴りが間違っている。これは恥ずかしいので、紙を小さく切って修正箇所に貼って直す。それから近所のドトールに行く。駅から通勤客の流れに逆らって店内に入る。書きそびれていた日記を書いた。店内にはいつも来ている、パツパツで露出度の黒い服を着たおじさんがいる。エスプレッソとホットサンドのセットを頼んだ。普段、スイートポテトとブレンドコーヒーを頼むことが多い。今日は気持ちのいい朝で、それならホットサンドじゃないか、と決めて、あとはブレンドコーヒーは家でも飲めるから、せっかくなのでエスプレッソにした。日記が1日分書けたところでパソコンの充電が切れたので、生活綴方の方に移動する。

     本屋の2階でもう1日分を書く。そして、もっとやりたいことがいっぱいあったんだけど、地区センターの予約をして、12時から3時間練習をすることにした。一旦家に帰る途中でオリジン弁当の出来合いの焼きそばを買って、家につくなり3分で食べる。お茶をごくごく飲んで水分補給し、道具を持って家を出る。

     もうそんなにたくさん練習する時間が取れるわけじゃないことも感じている。今手持ちの技術とアイデアでできることをきちんとやる、という意識である。いつも通り、音楽を分割しつつ細かくつめていく。しぶとく何回もやっていると、だいたいこれはまぁ、いいかも、という動きが生まれる。それを動画に撮る。撮らなくてもいい。むしろ最初にアイデアを出す時は変に動画を撮らない方がいい。流れが途切れるから。そして、なんか上手くないな、と思ったらすぐに芽をつんじゃうから。ちょっと粘ることで良くなったり、ちゃんと何に取り組んでいるのか記憶に残っていって、遠回りだけど何回も素で反復するのもいいもの。

     汗びっしょりになったので、また家に帰る。シャワーを浴びて、少しぼうっとする。そして、また生活綴方に行って、製本作業をする。束ねた紙がいよいよ本らしくなる、断ち切りの工程。いつもカッターを使ってやっていたんだけど、ちゃんと裁断機を使おう、と意を決してくる。工房には、店長まさよさんがいた。治具を作ったら楽だよ、と言われる。そうなのである。楽なのである。楽なのは知っているんだけど、その治具を作る15分を惜しんで、つい目の前の作業をやっちゃうんだ。でも、いや、これからもA5サイズの判型の本は作っていくんだから、今やっとけばこれからずっと楽だと、と思い、余っていた厚紙で治具を作って、祭壇をやりやすくした。結果的に作業が早く終わった。

     それが終わったら、今度は横浜駅までカブで向かう。通いの眼科の前にカブを置いて、コンタクトを買って、それから走って世界堂まで行って、表紙の紙を追加購入して、また家にトンボ返り。

     まず、つっかえてしまっていた翻訳の仕事をする。それから、いよいよ、『ジャグラーのせいかつ』の本を売れるように、ウェブサイトを整えていく。ショーグンがラジオを始めていたからそれを聴きながら作業。そして夜11時を回ってようやく準備ができた。ツイートをして、寝る。まだ動きはない。🔸

  • 4月15日(月)

     朝起きてXを見たら、「投げないふたり」公開告知が流れてきた。自分で設定したツイートなのに嬉しい。今日は出版フェスをする日だ。長らく取り組めずにいた港北外国語大学学報をプリントして、それからこの日記をまとめた本を制作する。

     天気はすこぶるいい。陽光がさんさんと降り注いでいる。部屋は暑いくらいだ。窓を少し開けると、猫がくんくんと外の匂いを嗅いでいる。気持ちいいよね、と話しかけて、さて、学報の校正に取り組む。最後の仕上げのテキストを書いたのが昨日で、新コーナーのロゴを描いたのも昨日で、おかしなところがあるかもしれない。でも今の僕は、おかしなところがあったってなんだい、と思っている。開き直っているわけではなくて、「おかしなところが一つもないこと」よりは、「スピードが早くて気持ちがいいこと」が優先される、という心境なのだ。これやっちゃお、と思ったらとにかく早く動いて、一刻も早く形にするんだ。見ていてちょっとこれは気持ちよくないな、と思うおかしなところは直すけど、それ以上に追求しすぎない。名前が間違ってないか、とかそれくらいは確認するけど、求めすぎない。とにかく、満を持さない。一度完成させて離れてみればどんどんおかしなところは勝手に見つかるものだから、最初に完成させる時は、プロトタイプを作るつもりで。でも、一生プロトタイプ作り続けてたっていい。それで自分が楽しくて、かつ周りが喜んでくれていたら、もう御の字じゃないの。自分はもっとできるんだ、と思わず、これぐらいの人間だよ、と思ってあとはそこで一番楽しいやつ、をやるのがいい。自分だって本当はそんな自分が好きなんだ。機械で印刷して学報なんか出しちゃってる、ってだけですごいことだ。昔の自分が聞いたら驚くよ。本当にねえ。

     生活綴方に行ってリソグラフで学報を刷る作業へ。もう7号目なので慣れたもの。途中で紙詰まりのエラーがあってもすぐ解決できる。これができるのは、僕がマニュアルを読み込んだからではなくて(マニュアルなんか読んでない)誰かに教わったからでもなくて、ただ自分でたくさん経験したからである。もう、それ以外に何かができるようになるための原則なんかいらない、という気がする。先達の知恵を参照にとどめつつ、規則はいつでも自分で抽出する。既出であったって構うもんか。それが自分で出した信頼できる規則であることが大事なのだ。

     220部印刷かけて、実質200部が配れる状態である、としている。印刷費もなんだかんだ毎回6,000円くらいかかっている計算。これを無料で配っていて、僕はすでに楽しいんだけど、なんとかこれも、さらに楽しく回収できないかな、と思っている。篤志家が毎月5000円くれたらもうほぼそれで完結するから、まぁ、そういう仕組みをつくればいいということだな。篤志家、というのはまぁ言葉のあやだけれど、僕が作るもので目一杯楽しんでくれていて、かつ楽しんで余裕を持ってお金を出してくれる人ということである。大道芸と同じだね。別に無料で見て行ったって全然構わないというか、本質はそっちなわけだ。で、任意で(本当に心からの任意で)もしお金を払いたい方がいたら是非ともお願いします、すごく嬉しいです、というわけだ。お金を払わない人も、払う人もどっちもハッピーでいい気分になるのが一番いい。

     作業が終わることに店番スナダさんが入ってきた。学報折るのを手伝ってくれた。「最近学報が出てなくて、あれ、と思っててて、ちょうど一年たって区切りで終わっちゃったのかなと思ってたから嬉しい」と言ってくれる。別に無茶苦茶期待されているわけではないけど、でもあったらうれしい、と思ってくれている人がこうしているのはとてもありがたく、温かい気持ちになる。スナダさんは、学報をすごく丁寧に折ってくれた。そのあと、Twitter上だけで知っていたさすらいのアリクイさんが綴方に来る。大阪の方で出たイベントの時も来てくれていたので、絶対にすれちがっているはずなんけど、一度も話したことがなかったので、これを機に話をした。刷りたての学報を渡した。

     ちょっと疲れて、昼は豚骨ラーメン食べる。まだ14時で、明るい。公園に行って次の本の校正をすることにする。と言っても、まだ原稿ができていないから制作と言った方が正しい。ベンチに座って作業していると、木から種子みたいなものや花のようなものが落ちてきてパソコンが植物まみれになる。僕の周りでは、2人の女の子が、お母さんと相撲をとって遊んでいた、女の子が「はっちぇよーい、はちょった!」と掛け声をかけて相撲が始まり、お母さんは思わず吹き出していた。ここでもやはり、僕はこの景色の中にいて、仕事をしていて、別に仕事という文脈があってそれに従っているのではなく、今、自分が感じている欲望、つまり陽にあたって風に吹かれていたいという欲望をある程度満たしながら、やったら楽しいことをやっていて、これを忘れずにいたい、と思う。だいたい校正が終わったら家に帰って印刷をする。一度読み返して、また全体のバランスを見つつ、もう一度データで直して、を繰り返す。

     今日はまだジャグリング練習していない、ということが気がかりになってきた。17時。あと1時間は明るいだろう。ここで出なかったら気分が落ちる気がしたので、30分だけ出るつもりでディアボロを掴んで徒歩30秒の公園に行った。音楽を聴きながら、昨日の復習と、新しい箇所の構成を練る。1時間経っていた。気分は非常に良かった。家に帰ったらまた本制作の続き。今日中にできそうな感じがしてきた。途中、印刷の品質の問題が発生してそれに手間取ったけど、その問題が解決した途端に一気に作業が加速。そして夜10時半になって、完成。嬉しくてスペース始める。10分弱喋ってそれはやめて、10部分だけ印刷をして、製本作業進める。とても嬉しくて猫にも感謝を述べた。猫はきょとんとしてる。表紙の絵はこの猫だ。

     出来上がった本を目の前にして、僕は感心してしまっている。決意をして、とにかく遂行すること、質じゃなくて、やり終えることを徹底的に気にするんだ、と思ったらモノはできていくんだと実感する。■

  • 4月14日(日)

     韓国語の試験TOPIK Ⅰを受けに行く。カブに乗ってみなとみらいの方へ。どういう気分になるかわからないから一応ジャグリング道具も持っていく。少し時間があったのでドトールでコーヒーを飲んでぼうっとする。目の前にはせっせとTOPIKに向けて復習している人がいた。多分午後のⅡの方を受ける人だと思う。本に書いてあることが難しい。僕は特に何にもしなかった。受からなくてもなんでもいいと思っている試験なのである。むしろ、別に実力もないのに受かってしまうことの方が問題だと思っているくらいだ。僕が目標にしているのは、韓国語であるていど意思疎通ができるということ。だから、変に実力以上のことに受かって慢心しては困るのである。試験はあくまで、目印としてそこに置いているだけ。

     会場はみなとみらい学園というところ。とても綺麗で気持ちが良かった。会場に入ると、受験者のほとんどが女性だった。まさかこんなに女性だらけだとは思っていたなくてびっくりした。アイドルのコンサートに来たかと思った。でもよくみるとわずかにおじさんとお兄さんがいて、でもシラスに混じった小さなカニくらいの割合であった。

     あんまりよくわからないことも多かったが、試験はとりあえず終わり、楽しかったので満足した。2級に受かっていてもおかしくないけど、受かっていない方がいいような気がした。これぐらい簡単なことはスイスイ理解できて、時間なんか20分ぐらい余っちゃう状態が理想だなぁ。キツキツだった。僕の斜め前に座っていた小学生2年生くらいの女の子は、さっさと読解試験を終えてふにゃふにゃと動きながら周りを見渡していて、監督官の男の人に「試験中は前を向いてくださいね」と注意されていたんだけど、あれくらいでありたい。まぁ、まだまだ修行ですね。

     試験終わったら、ささっと移動してマークイズの上で長崎ちゃんぽん食べる。人でいっぱい。食べて下に降りる途中で、全然知らなかったんだけど古着屋がいくつか入っていたのに気ついた。衣装になりそうな服をしばらく見てみたけど、やっぱり今自分が持っているものだけでいっか、という気分になった。衣装は最後の最後でもどうとでもなるし、というか、「衣装を揃えなきゃ」みたいに漠然と考えることは僕にとってはよくない気がした。もう、自然体でいい。

     カブに乗ってみなとみらいを出て、いいコンポジションを見つけたら写真を撮る、という「コンポジションハント」をしつつ家の方面へ。

     そういえば、髪を切るなら今日が最後のタイミングの可能性もある、と思って髪を切る。先月見つけた「ゆうちゃん」というお店。1人で経営していて、でもそんなに忙しそうではなくて、僕が行ったときも誰もいなかった。ドアを開けるや「いらっしゃい」と支度をしてくれる。とにかくこの人、切るのがスピーディなのである。そしてうまい。感じも良くて、値段も1,300円と安い。最高。

     バイクのガソリンが少なくなっていることに気づいたので、ガソリンスタンドに行く。給油している最中に、そのまま近くの公園に行こう、と思い立って、岸根公園までカブを走らせる。休みなので人がいっぱいいたが、広い公園なので場所はある。シートを敷いて荷物を置き、ディアボロを回す。音楽を部分ごとにABリピート再生しながら細かく詰める。といっても、一度の練習で取り扱えるのは一箇所分か、よくて二箇所分である。

     音楽も少し編集する必要があったので、公園で編集したんだけど、これがとても気持ちいい。もっと外で仕事をしてもいいなと思った。今はちょうどいい季節だ。虫もいないし。僕の後ろで、宴会をしている家族の子供がずっと「ラーラポート、ラーラポート」とキューピーのたらこのCMのリズムで歌っていた。スペースはいくらでもあるのに、わざわざディアボロをしている僕の方に近づいてくる子供もたくさんいた(別に僕の方を見るわけではない)。落ち葉がたくさん積んであったからかもしれない。危ないので避けるんだけど、向こうは全然気にしてなかった。

     この公園では、バドミントンしている二人組も、キャッチボールしている三人組も、駆け回っている犬も、家族の宴会で歌ってる子供たちも、ディアボロやっている僕も対等にいて、僕はそれが心から気持ちいいなと思った。オーストラリアってこんな感じかな、とふと思った。気持ちよく晴れていて、広い芝生で遊んでいる。こういう気分のジャグリングが一番好きだから、そういう気分のディアボロが見せられたらいいなと思った。どういう技か、じゃなくて、どういう気分か。何度でも、毎日でも確認していいことだけど、僕はジャグリングが特別うまいわけではない。シーンを背負って立つ必要は全くない。むしろ、僕なんかが、シーンを背負って立てると思っていることの方が思い上がりである。こんなんじゃダメだ、というのは、裏を返せば「こんなんじゃない自分になれるはずなんだ」ということである。でも、こんなんじゃない自分を志向している時、それは常に今の自分を否定しているということになる。それはあんまりだ、と思う。僕は小さいころ遊んでてそんなこと思わなかっただろう。ジャグリングだって同じだ。これは遊びなんだ。最高級の遊びなんだ。だから、まぁほどほどにうまい、くらいの自分をもう隠しもせず、よく見せようともせず、ただ自分なりに精一杯の遊びを見せていければそれでいい。

     3時間外でジャグリングしていて熱中症みたいになった。バイクで家に帰ってシャワーを浴びた。まだ外は明るくて気持ちが良かった。■

     

  • 4月13日(土)

     朝起きてすぐ、昨日買ってきた紙を早速表紙にしちゃおう、と絵を描き、データとして取り込み、印刷した。即席で作ったけど、いい出来栄えだ。いや、即席で作ったからこそ、いい出来栄えなのだ。これをやりたいんだよ、というアイデアが、そのまま出ている。タイトルも、絵も、著者名も、全部手書き。僕はこの本を手紙だと思っている。本だと思うと少し物足りないかもしれない。でも手紙だと思うととんでもなくオーバースペックである。それがいい。

     僕がこの本を自分の手で作る、ということには、意味がある。これが、買ってくれる人ひとりひとりに向けた手紙である、という思いなのだ。僕は、これから変わるかもしれないけど、今こういうことを考えている、こういう思いで、こういうことをしている、それを伝えるのが手紙だ。手紙に、ちょっといい感じの絵がついていたら、嬉しい。それをやっている。別にそれがプロクオリティであるからいいのではない。今の気持ちを一番実直に伝えられる形を選ぶ、というだけだ。手紙は、それなりにスピーディに書いて出すことも大事だ。今この気持ちを伝えたい、と思ったら、それが冷めないうちに、不完全でいいから、それをとにかく紙に詰めて、束なら束ねて、送りたい人に届くようにする、ということが肝要だ。そんなに大量に刷る必要も必ずしもある訳ではない。ただ自分が楽しく、思いを込めて作れる範囲で作るだけ。手紙だってやたら懸賞ハガキみたいにバカスカ出すのが正解というわけでもないのと一緒だ。本も、いろんなスタイルがあって、今僕が取り組んでいる本、すなわち今手に取って読んでもらっているこの本の文章は、コミュニケーションとしての本なのだ。ならそれに適した形がある。

     印刷できたら、今度はKUFS。普段は日曜日にやっている活動だが、明日は僕がTOPIKという韓国語の試験を受けにいくので、土曜日にずらした。いつもよりも人数が少なかったけど、別にこの活動も、誰が来る来ないにかかわらず僕は1人でもここで外国語勉強しています、という空間。明日の試験に備えて一応韓国語の単語を少しやって、終わったら、参加者みんなでOKストアに行ってお弁当を買って公園で食べる。鳩がたくさん寄ってきた。解散して、僕は実家へと向かう。今日は、本郷台で開かれるジャグリングの練習会に参加するから、そのついでに方面が同じである実家に帰ろう、と思った。電車で1時間かからない。

     実家に帰ると、インターネットの問題をまず解決することになった。その時点で日記を書こうと思ったけど断念しそっちをやる。そして母が昨日教室で作ってきたというケーキを出してくれた。紅茶と一緒に食べた。美味しかった。そこから本郷台まで、車で送ってもらう。

     練習会では、昨日の続きでヴァータックスの演技を少しずつ考え、そしてもうひとつの方の演技についても考える。そこまでスムーズに進んだわけでもないけど、前進はした。演技もさることながら、一緒に練習している人たちを眺めながら、いろいろなジャグラーがいる中で、ワークショップをどうやろうか、と思い始める。ワークショップでやる内容を考えながらジャグリングをすることにした。実際に自分で喋ろうと思っていることを想像しつつ、それを実際のジャグリングにアプライする。特に今日考えたのは、「気持ちのいいジャグリング」というテーマだ。Confortable Jugglingというワークショップをやるのだ。だからそれについて考えている。やっぱり、同じ技をじっくりやる、ということが大事だ、とわかった。なかなかいいヒントが見つかったものだ。

     電車ではウトウト。1日分の重い荷物を持ってなんとか帰宅。帰ってからしばらくぼんやりしていたけど、意を決してまたXでスペースを始める。送るべき郵便物の準備と、この原稿を書く作業をする。本当は黙ってかちゃかちゃとキーボードを打っている音だけが響くスペースの予定が、途中でワークショップの内容の模擬実演の様相を呈し、結果的にすごくいい機会だった。1人で部屋で盛り上がった。見つけたいと思っていた核心を言葉にしていた。これは、また後で録音で振り返ろう。

     この日記も、そろそろまとめて本にせねばなるまい。じゃないと、出国前に売れない。僕はとにかく、これを一冊でもいいから売る、ということがとてつもなく大事だと思っている。文章を本にすると、そこに「ジャグラーがジャグリングをする」ということばの中で捨象されている感情や、行為や、逡巡が立ち現れる。そしてそれを、お金を払う、という緊張感の中に置いた上で、誰か他の人に手に取ってもらう。1人だっていい。それが発生して始めて、僕にとっての大事なコミュニケーションが、はじまるのだ。■

     

  • 4月12日(金)

     朝起きてすぐ、Slackを見たらJJF関連の仕事がたくさん来ていたから、後回しになってたまる前に全部片付けることにした。本当はこのタイミングで絵を描いたりしようと思っていたけど、そんな時間はなかった。そうこうするうちに午前11時、逗子に行く時間になった。電車を乗り継いで逗子に行って、R君に英語を教える。でも最近は教える、というか、一緒に僕も英語を(そして他の外国語を)学んでいる感じ。いつも通りNHKのラジオテキストの内容を一緒に学習したのち、コーヒー休憩を挟んで、エド・シーランの曲(Shape of You)を歌えるようになってみよう、と歌詞を見ながら歌う。覚え方にもコツがあるから、闇雲に歌詞だけ見て頭から歌うより、とりあえず分割しよう、と歌詞を紙に書き出して、必要ならふりがなもつけてとにかく近い音を産出できるようになることを目標にする。それなりにうまく行っている感じ。何より本人が楽しそうだからそれがすごくいい。成果はもちろんいますぐ出るわけではない。当たり前。だけど、楽しいなぁ、ということがふたりで共有できて、それで十分。僕はそれ以上のことは教えられない。自分で一生懸命楽しく学んだら、教わる方は、怠惰な教師なんかより、よほど遠いところに行ってしまえる、ということを知っている。

     帰り道、横浜駅で世界堂に寄る。この日記を本にするための表紙を買う。「てまり」という紙で、白い糸が中に織り込んで漉いてある。綺麗だ。生活が連綿と続いているイメージに合っている。それからまだ少し体力が残っていたから、そこから駅の反対側、ベイクオーターまで。徒歩10分ほど。そこにあるユザワヤに寄り、布の切れ端をいくつか買い込んでくる。昨日からいきなり始めたボールバッグ作りの日課に使おうと思っている。布、さまざまな色で、さまざまな生地で、たくさんおいてあって目移りしてしまう。なんだか、新品をしっかり買ってくるのは何か違うという気がして、セールになっている端材を見る。これぐらいがいい。気合いを入れてさあやるぞ、ではなくて、自分がやっていて気持ちいい塩梅のところで全力でやる。この場合、僕は新品の布を買うと、きちんとしたものを作らなきゃ、という気分になるから不適切だ、と思ったのである。だから、なんとなく捨て子のようにレジ前のカゴに大量に入っていた布の中から適当に見繕って、しかも安いので気兼ねなく買える、ということで手頃な布を選んで買ってきた。

     これは、僕自身のジャグリングそのものに対する態度と重なる。特に最近そういう考えを強めている。気持ちのいい塩梅でジャグリングをするのを忘れないこと。

     一般的に言われる難しい技ができるようになるには、もちろん、それ相応の修練を積み重ねないといけない。それは当然で、それはそれでやったら面白い。僕は最近3つのディアボロをポンポンと投げ続けるハイトスを練習していて、それが非常に楽しい。で、一方で、そういう「修練」としてのジャグリングを行う時間だけでジャグリングの時間が形成されていると、どうも、飽きちゃったり、苦しくなったりする。やってもやってもできない、と、焦ったりする。他の人はあんなに上手いのに、とか。で、そこで、何か自分なりに帰ってくるホームのようなジャグリングがあったらいいなぁ、と思うのだ。くつろげるジャグリングの場所。それは、自分の身体感覚を探って、これって今、やってて気持ちいい? と絶えず聞いていくようなジャグリングである。

     家に帰って、早速ボールバッグを作る。昨日「P nuts」と命名したもの。これは、ナッツを入れるシェルじゃないか、と思って、ピーナッツシェルがいいかも、とか考え、そう呼びながらいつも通りスペースを開いて、ちくちくバッグを縫う。30分ぐらいで終わるかなと思ったんだけど、ボール7個分のケースは流石に大きいから、なかなか縫い終わらなくて、1時間ちょっとかかった。でも、完成した。縫っている途中で、そうだ、今日は体育館で練習もしよう、と思いついたから、調べる。地区センターの体育館が空いている。ここで、すぐに行きたいけど、でも絵も描いておきたいから、絵も描く。で、ボールとボールケースの絵を描いたら、急いで体育館に行って1時間練習。ヴァータックスの演技を曲を分割して作る。

     「自分は素晴らしい存在であらねばならない」という厄介な思い込みを捨てよう、と思った。素晴らしくなきゃいけない、と思うから焦ったり、絶望したりする。なんで自分はできないんだろう、と。なんで直前になってこんなに焦っているんだろう、と。でも、そんな、素晴らしいもんでもないんだから、今俺ができることを見せる、この、サボっちゃうことも紛れもなく全部俺で、これをただとにかく堂々と、見せてやれ、とそういうイメージで、自分では未熟だと思っている部分をあえてそのままバン、と出せばいいじゃないか、その代わり、ずっと見せることを続けていこう、そんなふうに思っている。で、そんなふうに思っていたら、いつもと違ってスムーズに演技の中でやることが決まっていった。家に帰り、サイダーを飲んで寝る。■

  • 4月11日(木)

     朝はとことんやる気がなかった。なんでだろう。とても眠い。昨日、和光市まで行って大吾さんとショーグンとジャグリングして、大吾さんの子供と一緒にサッカーに夢中になったから? 身体的疲労? 全くわからぬ。ベッドから出たのは8時ごろだが、とにかくやる気がないからインターネット見たり、本読んだりして過ごす。JJF(ジャパンジャグリングフェスティバル)関連の連絡でパパッとやるべきことがあり、それはすごいスピードで終わる。作業自体はできる。やれ、という要請があればできる状態なんだ。ただ、その「やれ」と言ってくれる他者が、自分の中にいない。そういう状態が、今日のやる気のない感じ。

     昼ごはんを作る気力もなくて、しょーがないから、最寄りのラーメン屋に行って塩とんこつラーメンを食べる。食べ終わったら石堂書店に行く。ミヤジマさんがいて、本を本棚に入れていた。こんちは、と言うと、いらっしゃいませ……わぁ! と漫画のキャラクターみたいにびっくりしてくれる。ミヤジマさんはいつもびっくりしてくれるので愉快だ。やる気がないので、ミヤジマさんに会ったら元気が出ると思って来たんすよ、と言ったら笑っていた。本当である。家系ラーメンの発祥の話と、白楽に美味しい家系ラーメンが二軒もある、という話をしたら面白がって店名をメモしていた。元気が出た。やる気は出ない。元気があるけどやる気がない、という状態。

     ミヤジマさんとの会話で「火に薪をくべる」という比喩が出てきた。仕事の進行が火だとする。薪をくべる、という行為は、実際に仕事に取り掛かることだとする。出勤時間があれば、やる気のあるないにかかわらず、その「出勤する」という行為が薪をくべることになる。でも特に時間に縛りのないフリーランスをやっていると、薪をくべるという行程を自分の意識で、腰を上げてやらないといけない。で、その薪をくべることができない時、があるのである。つまり消し炭を眺めてぼーっとしてる、みたいな時間がある。それが、やる気がない、ということかもしれない。

     一度家に帰って、Xでスペースを開始して、喋りながら絵を描く。でも、とにかく眠くて、30分経たずに、このままだとしゃべっている途中で寝てしまうな、と思って倒れ込むように、30分昼寝する。起きたら、また絵を描く。なんとか完成。やる気がないなりのものができた、という感じもするし、それがいい、という感じもする。これでいいじゃないか、とも思う。僕は満を持さない、ということばを手がかりに生きたらいいかもしれないと思った。満を持しちゃうと、その次に行くのに足が重くなる。だから少なくとも個人でやってることに関して、とにかく「満を持さない」ように気をつけて進める。そんなことを考えていたら4時になる。もうすぐYDCに行く日だけど、今日は早めに行って図書館で仕事しようかなぁ、と考える。が、突然、昨日大吾さんにもらったボールを入れるケースを作りたくなった。せっかくだから専用のケースを作ろうと思った。リネンの布があるのはわかっていたので、それを引っ張り出してきて、あたりもつけずにいきなり切って、縫い始めた。紐は、靴べらを引っ掛けるのに使っている太いひもをとってきた。うんうん。咄嗟に作ったにしては十分使えるものができた。そのままの勢いで、長いこと決着をつけられていなかった、友人のケントの新しい革小物ブランドのロゴを仕上げる。色々なファイルに書き出して送る。喜んでもらえ、ひと安心。YDCで会おう、と言って、僕もバイクで急いでYDCに向かう。この頃にはだいぶやる気が出ていて、むしろハイな状態になっている。

     YDCでは、決意した通り、いつもの曲でいつもの演技を練習する。最近考えた小技が色々あるから、それがどこかに入らないかな、と考えながらたくさん通す。とても楽しい。演技作っている時に楽しいと思えるのは久々かもしれない。やはりこういうのがいい。すでに全体の構成はできているから、それを微調整する。でも、それだけで全く違うものになる、という予感がする。そのまま、これはヴァータックス(縦に回すディアボロ)も演技作ろう、と思って、本当は今までにやったことのある演技をやる予定だったんだけど急遽、モンスターズインクの曲に繋げても違和感の比較的すくない曲を選んで、作り始める。これがまた、面白い。この曲なら、最近僕が得意としている、「じっくり動くヴァータックス」にも対応できるんじゃないか、といい予感。ケントと、久々に来ていたジャグラーのオシさんに見てもらいながら作る。やっぱ友達に見てもらうのが一番早いよ。そしてYDCにはいい意見言ってくれる人たちがたくさん来てるんで、それをどんどん利用すればいいのだ。なんだか、気が軽くなった。最近考えている小技をいくつか見せたら、ケントも、トヨシマさんも、面白がってくれた。頭の中の「観客」じゃなくて、自分の周りにいるジャグラーの友達が面白がってくれたら、それが一番じゃん。

     帰ってきて、ボールケースにロゴもつけてやろう、と意気込んで、これもさっさと試作する。頭の中にあるアイデアがすぐに目の前に現れるのは気持ちがいい。■