日記

直近7日分。

  • 5月13日(月)

     キャンベラを観光する日。朝8時にクリスに車で中心街に近いところまで送ってもらい、そこから自力でトラムでAlingaという終着点まで乗る。そこから、Googleマップを頼りに最寄りの美術館まで歩く。美術館に着いたときはまだ9時少しすぎで、とりあえず併設のカフェでフラットホワイトを注文して、絵を描いて過ごす。日本に送る予定になっている最後の絵。これで一旦仕事としての絵は終了。晴れた朝のカフェで仕事を終えると、とても気分が良い。そのまま美術館を見る。小さな展示だったのですぐに見終わって、そこからバスで、美術館、図書館が密集しているエリアまで。

    ※※※

     ずっと、何かを作りたいな、作りたいな、と思いながら歩いている。もう旅の中にいなくていいなぁ、と思っている。

     きっとこの夏のEJC行きのチケットが高い、ということが影響している。もう次の目標に向かっていきたい、という欲がある。

     ひとまず、昨日InstagramでEJCチームとやりとりをして、オーガナイザー側からサポートをしてもらえることにもなった。この調子で、自分が本当にやりたいことに素直に体当たりでぶつかって、失敗したら「あちゃー!」と言ってまた次の目標に走っていくようでありたい。

     国立美術館の片隅の椅子で、誰もいない空間で、座ってすこし居眠りをした。やっぱり、帰りたいなと思っている。「1ヶ月オーストラリアに行く」という響きが面白いだろうと思って1ヶ月間こっちに滞在している。でも、言葉で捉えていた1ヶ月間と、実際に、スキップすることのできない1ヶ月を過ごすこととの間にはとても大きな差がある。

     旅の疲労を作る要因は、「すべて味わわなければいけない」という思いがたびたび去来することかもしれない。特別なことをした方がいい、という観念。でも今は、何も特別なことをしなくてもいい、と思える状況を欲している。

     そういう意味では、AJCに参加しつつ、宿でのんびり動画を編集したり文章を書いている時間はとても心地が良いものだった。「コンベンションに参加している」という事実が、すでに僕の「何かしなければ」という強迫観念から生じる、満たさねばならない(と思っている)条件を満たしてくれているので、他の全然関係ないことをしていても、それはあくまで余計に追加されているだけのものだから、幸せな気分でいられる。

     美術館を出て、図書館に行く。少しだけ中を見学したのち、ロビーで日本とオンラインで繋ぎ、JJF関連の会議をする。Wi-Fiがあったおかげでスムーズだった。その会議に入っていたショーグンと、1時間ほど話しながら街を歩いて、中心の方に帰っていく。ショーグンとも一つ計画が進んでいて、これもさささっと実現させて、どんどん次のことをしたいなぁ、という気分でいる。とにかく、どんどん次に進みたいのである。

     夕暮れの中、大量のウサギたちを横目に(キャンベラの街にはウサギがたくさんいる)歩いた。途中道路工事をしているところで行き止まりになって右往左往したが、なんとか目的の中華屋に着いた。友人がかつて留学していた頃に通っていたという中華屋である。メニュー表を見るとやや高かったけれど、せっかくなので食べていくことにした。どうもこの店は、キャンベラでも一番古い、という触れ込み。まるで家の地下室に入っていくようなドアを開けて、実際に地下に行く。ちょっと店内は暗かった。でも、店員さんの笑顔がとても素敵で、ああ、これはpromising だな、と思ったら、案の定味もとてもよかった。量もたっぷり。

     それから少しあるいて、咥えタバコの変なおじさんに、おい聞いてんのか、カンフー野郎とかどうのこうのと知性をかけらも感じない絡み方をされて、完全に無視して、スーパーをちょっと覗いてから、バスで家まで帰った。最寄りのバス停まで車で迎えにきてくれたクリスの顔を見て、声を聞いて、なんだか安心した。■

  • 5月12日(日)

     今日はレイチェルとクリスがジャグリングの集まりを企画してくれている。その集まりに行く前に、コアラを見たいという僕の要望に応えるため、車で40分ほど走ったところにある保護林のようなところへ行くことに。

     朝は、レイチェルもクリスもともにオンラインミーティングがあって(バイロンのカンパニー関連のミーティングだ)家を出たのは昼ごろ。まずは近所の「リトル・オインク」というカフェで昼を食べる。

     キャンベラは別名ブッシュキャピタル(雑木林の都)とも呼ばれ、自然がいっぱい。山々の中をくねくねと曲がりながら走って、保護林まで。コアラ道、というのがあって、そこを歩くとコアラが見られるのだと言う。ラッキーじゃないと見られないだろうね、と期待を胸に、柵を開けて入った瞬間、目の前にコアラがいた。はい、終了、という感じでみんなで笑い、しばらく3匹のコアラがユーカリを喰みはみのんびりと過ごす様子を眺めた。

     もうこの時点でジャグリングの集まりまで時間が迫っていたので、道は歩かず、コアラに別れを告げて町に戻る。

     集まりの会場はサーカスウェアハウスという名の施設。1990年からある、キャンベラでは有名なユースサーカス。みんなここで習ったんだ、という。オーストラリアでも一番規模の大きいユースサーカスで、5,600人生徒がいるという。とんでもない。クラスも、日曜日を除いてひっきりなしに開かれているのだそう。

     きていた人の中で、1人ディアボロをやっているライアンという青年がいた。何か教えてくれ、というので、ヴァータックスのやり方を教えた。すぐにできるようになっていたから、もう少し発展の技も教えた。なかなかディアボリストに会うことはないらしく、熱心に練習をして、ぐんぐん上手くなっていた。

     集まりには昨日夕飯をご馳走になったルーシーも来ていて、また猫が恋しくなったら来なさいねえ、と肩を寄せてくれた。

     さて、どうしようか、と言ったら、レイチェルが「……ラーメン?」と言うので、僕は喜んで賛成し、一緒にラーメンを食べることに。店に行く途中でキャンベラ・奈良平和公園や、日本大使館を外から眺めた。

     ラーメンの店「テンコモリ」は市内の中心地にあり、味も上々だった。日本人的にも合格だよ、これは、と言ったらクリスが嬉しそうにしていた。

     まだ時間は18時を回ったくらいだったけど、みんな疲れていて、早々に家に帰った。僕は絵を描いたり、明日以降の計画を立てたりして過ごし、23時ごろに寝た。■

  • 5月11日(土)

     

     今日でオルベリーは最後。起きてダイニングに行って、チャイティを飲む。アデレードで最初にスーパーに行った時に買ったチャイティの粉がついになくなった。随分長持ちしたなぁ。

     ベックがキャンベラにある家族の家に息子と行く、というから一緒にドライブしてキャンベラまで。すごい偶然。朝9時には家を出流。バイロンともお別れ。図らずもオルベリーに長く滞在することになって、バイロンともいっぱい喋った。初めて会ったのは2016年で、それからほとんど会ったことはなかったんだけど、まるでこの8年間ずっと近くにいた友達みたいな感じがした。

     ベックのヒョンデの車で走り出す。まずは息子のフィンを拾いに行く。別々に暮らしているのだ。家はとてつもなく大きかった。白い雑種犬が出迎えてくれた。小さな、シュナウザーとプードルの雑種。フィンを乗せたら出発。フィンは鼻を啜っていて、どうも風っぴき。フルーティでも風邪が流行っていたみたいだ。ベックとは少し話したけど、なんだか疲れていて、助手席で僕は大半の時間、寝て過ごした。そんなに動いたわけでも、とりわけ寝不足だというわけでもないのに、こんなに疲れているのは何故だろう。もう3週間、慣れない土地でずっと過ごしているからかもしれない。みんな優しくて、ベッドも快適だけど、それとは関係なく、知らない土地で過ごしていることの緊張感はずっとあるのだろう。

     ずっと雨が降り頻る中走り続けて、3時間と少しでキャンベラに到着。事前に教えてもらっていた住所で待っていると、すぐにレイチェルとクリスがきた。レイチェルは、僕がオーストラリアに来る前に横浜にラブライブのコンサートを見にきていて、その時に会っていたのであった。初めて会ったのは2019年。だがその彼氏のクリスとは実はもっと前に会っていて、2016年に、バイロンと同じタイミングでニュージーランドで会っていた。

     ベックと別れを告げて、今度はレイチェルとクリスの家にお世話になる。早速、レイチェルがオーケストラの練習に行かねばならないと言うので、見送りついでにクリスに車で博物館まで連れて行ってもらう。キャンベラはそれほど大きくない街だが、美術館、博物館が充実している。

     博物館は大きかった。主にオーストラリアの歴史についての展示。有料コーナーでは古代エジプトの展示をしていたけど、スキップ。無料の内容でも十分楽しめる。自然環境から、先住民の抑圧の歴史、オーストラリアにある様々な危険や、南極のことまで、雑多に色々な展示がしてある。

     だがこの時僕はもうヘロヘロで、展示を見ようとベンチに座るたびに寝そうになってしまっていた。クリスが、「もう少し展示があるみたいだけど、もっと見たい?」と言ったのだけど、帰ろう、と言った。

     アパートまで帰ってくる途中で国会議事堂をぐるっと回ってきた。車窓から観光。クリスの話を聞きながら、ここでも寝そうになったけどぐっと堪えて、アパートに帰ったらソファに倒れ込むように横になり、寝た。

     しばらくすると、レイチェルを迎えに行ったクリスが帰ってきた。もう空は暗くなっている。夕飯は、レイチェルの実家でご馳走になることになっていた。車で15分ほどの実家へ。レイチェルのお母さんルーシーと、ピートという建築家の男性が一緒に暮らしている。子供の頃とはだいぶ家の様子が違うんだ、といって、レイチェルが嬉しそうに家の案内をしてくれた。そして、猫も紹介してくれた。頭に矢のような模様があって、アローと呼ばれていた。

     夕飯は、ジャスミンライスと、ズッキーニ、インゲン、ミニトマト、ナッツの炒め物と、そしてレンズ豆とかぼちゃのカレー。とても美味しかった。ルーシーとピートは10月に日本に来て熊野古道をお参りする、というので、色々と質問をしてきた。僕は猫ばっかり気になって、夕飯を食べ終わり、デザートの美味しいチョコレートケーキを食べ終わったら、ルーシーが、ソファに座ってみなさい、猫が乗ってくるから、と勧めてくれた。

     言われたとおりソファに座って猫をよぶと、くるるん、と言いながら飛び上がって膝に乗ってきた。普段、結構暴力的な性格の猫であるらしく、みんな驚いていた。優しくなでなでしてあげたら、ゴロゴロと嬉しそうにしていた。

     まだ夜の8時前だったけどみんな疲れている感じだったので解散する。ルーシーは、「いつでもきていいのよ、猫が恋しくなったらいつでもきなさい、ほら、レイチェル、ナオが恋しがっていたら、すぐにでも連れてくるのよ」と僕のことをたくさん気遣ってくれた。いい家族だなぁ。

     アパートに帰り、クリスのお兄さんが日本からお土産で持ってきたというボードゲームの説明をして、レイチェルはシャワーを浴び、僕とクリスはシャワーも浴びずにそのまま寝たのだった。■

  • 5月10日(金)

     いつも通り8時ごろに起きる。雨が降っていた。バイロンは昨日は自転車で学校まで行っていたけど、今日は車で行く、と言う。ベックも起きてきたけど、なんだか眠そう。一昨日もうまく眠れないでなんだか日中元気がなかった。なかなか大変みたいだ。ダイニングに行ったらバイロンが作ってくれたスクランブルエッグとアボカドトーストが置いてあって「作っといたよ」と言われた。冷たくなっていたけどおいしくいただいた。

     バイロンの車でみんなで学校へ。毎日来ている。もうこれが日常みたいになっている。でも明日でこれも終わり。ちょっと前まで、エルサムの駅とメルボルンが日課だったけど、今ではオルベリーのAirbnbと学校の往復が日常。そして明日からはキャンベラが日常になる。

     つくなり僕は少し翻訳の仕事をしてから、絵葉書を描いた。今日までで5枚が貯まって、いよいよこれらを郵送する。封筒に入れて、住所を書く。と、バイロンがメッセージしてきて「今2階で練習してるからよければ」とのこと。気持ちとして、僕はずっとデスクワークをしていたっていい気分なんだけど、今日で最終日だし、一緒にジャグリングをすることにする。

     2階の部屋のドアを開けたら、バイロンがよう、と言って、早速思いついた技を見せてきた。なかなか面白いリング2枚の小ネタ。せっかく回転かけてるんだから、それ、手に持ってるリングの上でグラインドできないの、とコメントしたら早速取り組んでいる。

     「気持ちよくないジャグリングについては考えたことある?」と突然聞いてきた。ナオヤの最近のマントラへの批評としてね、そういうのはどう捉えてるのかな、って思って、と言う。なんのなんの、もちろん僕だって、気持ちよくないジャグリングについては考えている。むしろ、気持ちよくないジャグリングがあるからこそ、時に、そういうのをやらなければいけない、ということがあるからこそ、それ以外の方法として「気持ちいジャグリング」とわざわざ言っているわけだ。30分ぐらい、話しながら、一緒にジャグリングをした。

     郵便局へ歩いて行く。もう大雑把な地理関係は大体覚えた。最初は少し迷ったからしない中心部まで30分ぐらいかけたけど、もう今は、15分弱で必要なところまで歩いていける。郵便局の場所も覚えていたから、ちらっと地図を見ただけで大体場所を間違えずにいけた。無事にここで絵葉書を投函。切手が可愛かったので「ワラビーのデザインですね、可愛い。この間実物見ましたよ!」と言ったら、担当してくれた女性が、嬉しそうに「オーストラリアでの滞在、楽しんでね」と言ってくれた。

     帰り、スーパーのColesに寄って、今夜の鍋の材料を買う。ベジタリアン向けに豆乳鍋を作るつもり。肉の出汁が取れればまたいいんだけど、できないのでしょうがない。スライス干し椎茸と味噌と豆乳をベースになんとかすることにした。ま、失敗しても笑って許してくれる人たちだ。

     買い物を終えて帰ったらもう5時ごろで、だいぶ暗くなり始めている。それから7時まで事務所にこもって、サーカスを練習する子どもたちを見て、ジャグリングってなんて地味なものなんだろう、と改めて思って、掃除の時間があって、子供達が一生懸命体育館や事務室を掃除して、それで、7時には出た。カザフ人のヴィレンさんに最後に挨拶しようと思ったらもういなくなっていた。

     またバイロンの車で、今度はベックの運転で帰ってくる。家に着くと同時に、マニーさんという、フルーティの女性が遊びにくる。僕の作る鍋を一緒に食べた。即興で作ったにしてはまあまあおいしくなったんじゃないだろうか。食後はマニーさんが焼いたブラウニーが出た。

     そのあと、昨日もプレイしたTicket to Rideを1プレイだけして、マニーは帰り、僕はバイロンとベックと少しだけ話、寝た。■

  • 5月9日(木)

     今日もベックの車に乗せてもらってフルーティへ。もう慣れてきた。こうして知らなかった異国の場所が生活の場所になっていく感覚がとっても好き。今日は事務デイ。今月分の翻訳や日記、この先の旅行の計画を立てる。

     朝に時間があったので、「投げないふたり」も収録する。できる時に、ささっとやってしまうのが吉だ。とにかく規則性が大事。この日記もきっちり毎朝更新されるようにした方がよいね。

     サイモンからメッセージあり、「シドニーでワークショップをしないか」とのこと。ちょっとお小遣いももらえそうで、これはやりたい。ちょうど、EJCに行くための航空券の値段を調べていて、ちょっと目を剥くような価格になっていたので、お金のことを考えていたのだった。しかしこれは、今回のオーストラリア旅行に輪をかけて頑張って資金を獲得しないといけない。以前だったらここで弱気になっていたと思うんだけど、今回は、むしろどうやって解決してやろうか、とただ考えるようになっている。

     朝方ベックがご飯を買う、と言って寄ったスーパーのColesでコーヒー牛乳を買って飲んだんだけど、それが当たったようで(モノが古かったのではなくて、多分冷たい牛乳と砂糖の過剰摂取)半日お腹の調子が悪かった。それも相まって今日は事務所で大人しくしていた。事務所では机と椅子を自由に使わせてもらえて、窓の向こうではたくさんの子供達が入れ替わり立ち替わりサーカスの練習をしている。シーソーのような板の片方に乗って、もう片方に2人が飛び降りる勢いで二回転バク宙を決める人もいれば(ティーターボードという)空中に吊るしてある輪っかや布や紐に絡まりながら踊っている人もいれば(エアリアルという)トランポリンで跳ねている人もいれば、色々。それを後ろに感じながら、僕は淡々と絵を描いていた。心地よかった。動く時は、時々部屋に入ってバイロンとジャグリングをするくらい。

     またワークショップについて考え始める。日本語でもそのうちやりたいと思っていて、これはいい機会。本質を見極めようと躍起になっている。ただ素直にジャグリングするにはどうしたらいいか、と考えている。そして、気持ちよく、心地よくジャグリングするにはどうするか。それは、実際にジャグリングをする時に自分はどうあると気持ちがいいか、ということを見極めることでもある。物差しを自分にする訓練をするきっかけ、ということでもある。

     7時にベックもバイロンも退勤して、ベックと一緒に家に帰ったら、バイロンの友人マットが来ていて、一緒にTicket to Rideというボードゲームをした。列車のコマを置くときにちゅーちゅー、って言わなきゃダメだよ、というからみんなでチューチュー言っていた。■

  • 5月8日(水)

     祖母が出てくる夢を見た。かなり生き生きとしていて、まだ髪の黒い、とても若い頃の祖母だった。ちょうど数日前に祖母の五周忌の法事があったところだった。日本でやっているので当然僕は参加できていないので、こうして祖母のことを思い出すことができてよかったなと思った。起きたら大粒の涙が出てきた。

     まだ誰も起きてきておらず、リビングで日記を書いていたらベックが起きてきた。英語しか載っていないキーボードでどうやって日本語を打つのか、と仕組みを聞かれる。ローマ字打ちの仕組みを説明したらなかなか驚いていた。

     ベックの車でフライング・フルーツフライ・サーカスへ。通称フルーティ。オフィスの机で座ってていいよ、と言われるので、お言葉に甘えてここでじっと過ごすことにする。落ち着いて描きたかった絵や日記に取り組む。久々にタイムラプスで描画の様子を撮る。とても充実した時間。絵を描いているとほんとうに癒される。絵葉書を2枚と、スケッチブックに1枚の絵を描くことができた。

     朝のクラスから夕方4時のクラスまで、バイロンはずっと時間があったので、一緒にジャグリングの練習もした。僕はディアボロ、バイロンはリング。バイロンのリングジャグリングは面白い。そして、何をしたいのか、ということがよくわかるので、僕としても客観的な意見が言いやすい。たびたび、「これどうだ」と聞いてくるので、こうしたらもっとおもしろそう、とか、それ最高、とかコメントしていた。

     バイロンが、ちょっと休憩しよう、と言って紅茶を淹れて、外のテラスに出る。天気が良くて静かだ。仕事をする環境の話から、小さなまちでサーカスを教えることの孤独感の話、そして、バイロンは最近あまりジャグリングを素直に楽しめないのだ、という話になった。身体にもガタが来ているし、時に自分に厳しすぎて、その責めるような感情がきついのだ、と言う。

    「自分が思うようにうまくならないで、いつもフラストレーションがあるね」

    「まぁ、バイロンはとてもいい批評眼を持ってるんだと思うけど、そういう人って自分のことも同じ目で見るからきつい時があるのかもね」

    「そうなんだよ」

    「けど、不思議だよね、いつからジャグリングをしていてキツくなったんだろう、最初にジャグリング始めた時は、楽しくて始めたはずなのにさ」

    「本当にそうだよね」

    「なんかでも、僕がやってるワークショップは、そういうことに関する僕なりの考えの実践でもある。競争志向に疲れるのは、オーストラリアにも日本にもジャグリングに限らずどこにでもあるけど、けど、そこから完全に降りるんじゃなくて、どう頭をつかって自分なりのすぐれ方を見つけていくか、っていうことなのよ。『すぐれていたい』っていう欲を抑えるんじゃなくてね。すぐれかたを変えるっていう。『すぐれたジャグラー』は、他の人だってなれるからいつも他人を意識することになるけど『すぐれた自分』だったら、他の誰にも代わられることがないから、安心して生涯追い求められるし楽しいじゃん」

    「なるほどねぇ……なんか、日本に帰ってからも、よかったら時々話そう」

     こういう対話ができて僕も嬉しいなと思った

     暇な時間にスーパーにも行って、カップヌードルがあったので思わず買ってきて食べたんだけど、それだけで随分元気が出た。

     夕飯はインド料理。パラックパニールとブロッコリーのカレーを頼んでシェアした。せめてものお礼として、僕はカレーを2人にごちそうした。■

  • 5月7日(火)

     朝は8時ごろ起床。いつも割に早い時間に目は覚めているのだが、二度寝している。昨日の夜は22時半過ぎにオルベリーに着いた。駅にはベックという女性が車で迎えに来てくれていた。ピンクの髪の小柄な女性。かつてはシルク・ドゥ・ソレイユでパフォーマーとして活躍したアクロバットで、今はバイロンと同じ学校で働いている。元々2人はシェアハウスをしていたんだけど、今都合で新しい家に越すまでの間Airbnbで泊まっているのだ、と言って、そのうちのひとつの部屋に僕を泊まらせてくれている。そのAirbnbに寄る直前に、別の家に寄った。バイロンの生徒の家で、そこには黒い太ったおじいちゃん猫がいた。マオという名前で、おとなしく可愛らしい猫だった。さて、10時半からバイロンの仕事があるというから、それに合わせて一緒に車で出勤する。家からFlying Fruit Fly Circusまでは15分ほどで着く。小さな町にあるサーカス学校にしてはとても大きい施設だ。サーカス自体は45年ほどあるが、2010年ごろに建てられた建物だという。普通のユースサーカスの規模ではない。バイロンに案内してもらった。サーカスに必要な基本的な設備はだいたい揃っていて、劇場もある。早めに着いたのでバイロンと一緒に1時間弱練習をする。バイロンはディアボロを教えてくれ、と言ってディアボロを持ってきた。僕もリングを持ってきて、バイロンのアイデアを習った。スタッフミーティングの冒頭だけ参加して、挨拶をしたら、少しだけ生徒たちと遊んでからお昼を食べて、僕は町へ出た。背の低い建物ばかりで、大都会のメルボルンとは全然違う。エルサムとも違って緑は少ない。街路樹はたくさん植わっていて、秋の紅葉が美しい。だけど、町の中に自然がある、という感じではない。ただ、学校のそばには川があって、その川は美しかった。MAMAという美術館にも行ってみた。コンパクトな美術館で、展示もそこそこかな、と思ったけど、スタッフの女性が優しくて、オルベリーにどれぐらい滞在するのか、ここに行ってみたらいいよ、などおすすめを教えてくれたのでよかった。それからもう少し歩いたところにある図書館にも行ってみた。その中で無料の展示があったのでそれをみていたんだけど、映像を見るためのソファに座っていたら少し眠ってしまった。図書館を出て、近くのスーパーで食材を吟味する。ここを出る前に一度は2人に何か作ってご馳走したいと思っているんだけど、何にしようかな、と日本食材がありそうなコーナーを見ていたら、カレー粉やラーメンのほかにも、カップラーメンが豊富になったので思わず 2 つ購入。学校に帰ってしばらくしたら、ベックがもう帰る、というので、一緒に車で帰ることにした。家について、ラミーというゲームをする。見たことはあると思うんだけどプレイするのは初めてで、とても面白かった。一緒に日本のことなど話しながらのんびりプレイした。夕飯は、ベックがレッドタイカレーを作ってくれた。これまた美味しい。そして食べ終わった頃にバイロンが友人のハナと帰ってくる。AJCにも来ていた女性ジャグラーである。同年代くらいかな。また、日本の話をする。みんなそれぞれ日本には来たことがあるらしい。こちらに来て、結構な頻度で日本に来たことがあるという人に会っている。

     そういえば、カザフスタンから一年間の契約でアクロバットを教えに来ていると言うヴィレンさんにも会った。彼はシルク・ドゥ・ソレイユのKoozaで働いていた、日本にも行ったことがあるよ、というので、そうか、僕が東京で見たクーザに出ていたっていうことか、と確認する。僕があれを見たのは2011年で、13年越しに舞台で見ていた人に会うことになった。人懐っこい人で、家族の写真をいっぱい見せてくれた。■