日記

直近7日分。

  • 5月22日(水)

     また今日も‪Uber Eats‬。ノルマを一日4000円、と決めると、ほどよく緊張感がある。無理な感じではない。配達、まだ楽しい。でも、少し飽きる。だが、嫌なわけではない。淡々とお金を貯めるのにちょうどいい仕事だ。昼の部を終える時に、いつもは行かないスーパーで肉が安いから買っていって、ついでにお米やその他必要なものも買っていく。オーストラリアから帰ってきて以来すっかりスーパーで食材を買うのにハマっている。なんせ安く感じる。

     午後は図書館へ。いつもはリュックを持っていくけど、今はやるべきことがはっきりしているから、パソコンと手帳と白いA4の紙だけもっていく。僕は油断するとすぐ旅の計画を立ててしまう。今日は徳島に行く飛行機のチケットを取った。マイルが貯まっていたから実質タダみたいなものなんだけど、でもここも細かく、プラスにしていきたくて、どうせならオーストラリアの話を本にしてここで売ればいいじゃないか、という気分になる。目標ができた。目標は、具体的であればあるほどいい。■

  • 5月21日(火)

     今日も多めにUber Eatsをやる。何がこんなに楽しいんだろう、というくらいに楽しい。稼ぎも決して悪くはないので(時給換算で2000円以上だ。オーストラリアの最低賃金くらい稼いでいる)余計に嬉しい。

     昼に3本だけ、そして夕方に10本やる。これで7000円ちょっと。労働時間は3時間半弱。いい感じ。途中家に帰ってきて、オーストラリアで買ってきた麺に野菜をのっけたり、夕飯には野菜ばかりのボリューミーな味噌鍋を作ったりと自炊する。これで節約できるというのもあるのだが、きちんと自分で料理をしている、という感覚があるだけで、ずいぶん心持ちがいい。数字も見るし、数字じゃないものもどっちも見る。

     Uber Eatsの途中で髪を切りに行った。ここ三ヶ月、同じ人、ゆうちゃんに切ってもらっている。ドルチェ・アンド・ガッバーナのベルトをしたイケイケのおじさん。でも優しいし腕は確かで、とにかくスピーディ。しかもいつも並んでないので、切りたい時にパッと行って切って、はい、終わり、という感じなので嬉しい。

     初めて切ってもらった時に後頭部に10円ハゲができていたんだけど、それがもうなくなっていて、あ、もう生えてますね、と僕が言ったら、おじさんは「ええ、生えてますよ」と嬉しそうにしていた。■

  • 5月20日(月)

     ‪朝からお昼まで、やることをリストにしてこなす。

     夕方、Uber Eatsを久々に再開。とにかく迷ってるうちにさっさとお金を稼いで、ヨーロッパの旅行に間に合うように。それでなくとも、日銭稼ぎの仕事が最近減っているので、その分の補填もある。その他のクラウドワークにもアプライしている。どんどんやろう。

     でも、こうして自分への安心材料を確保しつつ、それを糧に文を書いて絵を描いて、旅行資金自体は、そこから生み出せたら最高じゃん、と思っている。とにかく楽しくやりたい。

     久々にやる‪Uber Eats‬は最高に楽しかった。やっぱりこれは僕の天職だなぁ、と思う。あっちこっちに行くことに、身体が喜びを感じているのがわかる。

     『絵を描くこと』という本を作ろう。目標は6/21までの完成。あと1ヶ月ね。集中さえすれば、楽勝だ。集中しなかったら、まぁできないだろう。僕は絵本作家の五味太郎さんの本が好きで、彼は鉛筆で紙に文字を書くことが絵的な作業だ、と言っていた。僕はそんな気もする、と思ったし、いちどはやってみたいやと思ったので、手書きで本を作ることに決めた。  同時並行で、オーストラリアの旅について、改めて生活綴方から出そうかなぁ、と思って、書き進めている。他にも少しずつ、『ジャグラーのせいかつ 紀行編』や、ジャグラーの友人ショーグンとも本を出す計画を進めていて、6月にかけて泉のように本を出したいなと思っている。■  

  • 5月19日(日)

     朝6時半に空港到着。ターミナル2に着いた。コロナ禍以前は、国際線は国際線ターミナル、と相場が決まっていたもので、普段と違うところから出てきてちょっと困惑する。朝マックを食べて、日本は物価が安く感じるなぁ、と思いつつ、電車に乗って横浜へ。

     横浜駅の改札を出て、なんだか身も心も軽い、まだまだ元気だ、などと思っていたら、パソコン、iPad、携帯、財布、パスポートなどすべて一式入ったリュックを網棚の上に乗せたまま出て来たことに気づく。急いで駅員さんに相談して、金沢文庫駅で確保してもらった。横浜〜金沢文庫間を、電車の待ち時間も含めて1時間半ほどかけて往復する。それから家に帰る。シャワーを浴びて、生活綴方に行く。KUFSがある。この予定を入れたのは僕で、そもそも飛行機が着いてすぐに家に帰ったら8時よりも前に家に着いて、ゆっくり仮眠でもとってから向かえると思ったからなのだが、とんだハプニングで、少し遅れての到着になってしまった。

     KUFSにはそいそい、りゅうと、みそが来ていた。普段通りの光景。工房では、文学フリマに出る中岡さん、まさよさん、カネダさんが慌ただしく準備中。ただいまー、と言って小上がりに入ると、「おお」という感じで反応されて、それで、また勉強に戻る。あっさりしている。そんなもの。

     KUFSが終わって、僕はどうしてもラーメンを食べたかったから、みんなを巻き込んでラーメンを食べに行く。そして家に帰って今度こそ、仮眠をとる。3時間以上寝ていた。荷解きを終えて、横浜駅に向かって、文学フリマと大磯ブックマルシェの打ち上げに途中参加。ジンギスカン、肉を食べる。これもまた日本のものだ、と感じる。オーストラリアは、肉は美味しかったけど、こういうことではなかった。ビールを二杯と、ソフトドリンクをたくさん飲んだ。いろんなことをどんどん進めたい気分でいる。■

  • 5月18日(土)

     朝はゆっくり起床。夜中、いつもさびしそうな顔をした黄色いトラ猫バンディードが、くるるんと鳴きながら、僕のベッドの上に乗っては、少し一緒に寝て、またどこかに行って、というのを繰り返していた。だけど酔いが回っていたし、特段早く起きる必要もなかったのでぐっすり9時ごろまで寝た。ベッドは真ん中が固くて両サイドが柔らかいという変な作りで、寝やすいかと言われたら全然そんなこともないんだけど、もうすっかり慣れて快適に眠っている。でも僕は今日ここを去る。

     前日に話していた通りに、カタリーナと一緒に歩いて近所のグラウンズという名のカフェまで行くことにした。テイクアウトのコーヒーを買うのだ。

     昨日までとはうって変わって、空気が冷たい。飲み歩きと仕事の疲労と気温差のせいか、カタリーナは鼻をすすっている。カタリーナは、おお寒い、と言いながら笑っていた。

     10分も歩かずにカフェに到着。工場の跡地をファンシーなカフェに改装してある。サーカスがテーマになっていてまるでディズニーランド。カクタスケーキ、と銘打ってサボテン様の形をしたクッキーの乗ったケーキも売っていたけど、どうみてもそのシェイプは緑色のミッキーマウスで、怪しさと華やかさがあいまった不思議な空間だった。

     アレクサンドリア、というサイモンとカタリーナが暮らす地域は、もともと工業地帯だったところで、稼働しなくなった工場がたくさんあり、その跡地を利用した施設が多い。そういえば昨日歩いていてたまたま見つけた、汽車の車体を造る工場を改装した施設なんか、カッコよかったなぁ。

     途中でスーパーにも寄って、僕は最後のお土産を、カタリーナは朝ごはんを作るのに必要な材料を、それぞれ買って、家に帰ってくる。猫ちゃあーん、とカタリーナは毎回帰宅のたびに叫んで猫との再会を喜ぶ。猫に話しかける時だけカタリーナはスペイン語を使う。僕も猫に話しかける時は日本語を使う。そうなっちゃうのだ。ははあ、こうしてバイリンガルの家庭の子供は複数言語を習得していくんだなぁ、と思う。ああ、かわいいなあ、と思ってそれをただ一方的に伝えようと思ったら、母語になるんだ。伝わる伝わらないに関係なく、とにかく自分がこう思っています、と表現するのには、母語が使われるんだ。

     カタリーナがアレパ、というコロンビアでよく食べられているという料理を作ってくれた。トウモロコシの粉とチーズと少量のミルクを混ぜて生地にして、パンケーキ状にし、それをバターで焼いたもの。添え物として、ネギとトマトのみじん切りをハーブを混ぜた卵で柔らかくとじたものを作ってくれた。最高に美味しかった。オーストラリアで食べた手料理の中で一番美味しい。

     サルー、とジュース同士でカチンと乾杯して、10時半ごろになっていたから、これはブランチだ。一緒に食べる最後のご飯。

     お腹いっぱいになって、しばらく話したあとに、カタリーナはソファに横になってジョージ・オーウェルを読んだり、猫をなでなでしたり、ヨガをしたりしていた。僕はずっと、日記を書いたり、絵を描いたりしていた。はっと音に気がついた時、外は暴風雨だった。溜まっていたゴミをアパートの下まで一緒に捨てに行って、それからまた僕は淡々と絵をたくさん描いた。もう外に出る必要もない、ただ旅のことを思い出していようとおもった。

     そして午後4時、カタリーナが家を出る時間になった。僕の出国便は夜9時発だからまだまだ時間はあるが、もう空港に行ってしまおう、空港でゆっくりものを作って過ごそうと思った。最後に、猫のスモーキーとバンディードを一枚に収めた絵をあげた。とても喜んでくれた。僕は絵を描いてプレゼントすることがどんどん好きになっている。毎日絵を描いて修行してきてよかった。うまくなったわけではない。ただ、自分の描ける絵を人に差し出すことに抵抗がなくなっている。それが一番いい。

     まだ雨が降る中、傘を出してバス停へ。ちょうどカタリーナと僕は同じ駅を使うから、同じバスに乗る。10分ほど乗車して駅に着いた。ホームが反対だから、ここでお別れ。オーストラリアで最後にお世話になるのがこの人でよかったなぁ、と思った。気が楽だった。

     電車に乗り、空港に。たった3駅。

     国際ターミナル出発ロビーに到着。まだチェックインが始まっていないから、ハングリージャックスというオーストラリアにはどこにでもあるハンバーガーチェーンでチーズバーガーのセットを頼んで食べた。これもまた美味しかった。そしてまた絵を描く。

     寂しいのかな。嬉しいのかな。日本に早く帰りたい。友達に会いたい。猫のぽんちゃんに会いたい。ラーメンが食べたい。なめこの味噌汁が食べたい。

     なんの目的もなく、ひとつの国に一ヶ月も滞在していたのは実に久しぶりだ。前にこんなことをしたのはいつだったろう? あるいは、こんなことをしたこと、なかったかもしれない。どうだったろう。

     日本にいることにも、別に目的はないよなぁ、とおもう。意味も目的もない。ただ存在するだけだ。でも理由がないというのは所在ないから、なんとなく今の暮らしというものが定位置で、それは自分の基盤だ、というふうに、戻るべきものだ、というふうに思い込んでいるけど、別に普段の暮らしにも、無目的な旅にも、必然性なんかどこにもない。そういえばカタリーナは、昔、サイモンと出会う前、別の人と付き合っていたころ、オーストラリア中をキャンピングカーで旅していて、最後は田舎町のブルームに家を持っていたのだと言っていた。それが今やサーカスの世界に足突っ込んだり、シドニーでオフィスワークしたり。で、9月にはサイモンと結婚するんだけど、なんだかねえ、人生、ほんと何が起こるかわかんないわよ、としっかり僕の目を見つめながら、ビールを飲んで、ニヤリと笑っていたな。何が起こるか、わからない。

     AJCでワークショップをすること、演技をすることについて僕はずっと不安だった。そうだ、不安だったなぁ、と今思い出す。そして、オーストラリアの物価が高いことにも不安を覚えていた。そうだったそうだった。そして、いくらサイモンが、俺の家や実家や友達の家に泊まったらいいよ、と言ってくれたにしても、さすがにずっと誰かの家に泊まって過ごすことはできないだろうと思っていた。1度や2度くらいどこか自分で宿でも取ろうと思っていた。

     全部、忘れてた。

     事前に抱いていた不安、全部杞憂だったな。でも、ひとは不安になるんだ。僕はまた、この夏に行くヨーロッパの旅のことを考えて不安になっている。不安になる気持ちも、抑えてはいけない。だって、人が不安がっていたら、とりあえず、どうしたの、と聞くだろう。自分にも、そんなに不安がってどうしたの、と聞いてあげたい。そしたらなにか、一緒に、少しでも元気になって、やる気が出る方法を考えられる。

     何かを成し遂げよう、という思いが不安を起こさせるのかもしれない、と思う。成果をあげよう、失敗をしないようにしよう、と、身体がこわばってる。

     でも、僕は今、なんか、別の道を前に進みたい、分かりやすい前後のはっきりした道以外に、もっと信頼のおける道を見つけたい、という気分でいる。そして見つけたら、その道を真剣に邁進したい。とことん邁進したい。

     今までの32年間、そしてこれからも死ぬまで付き合っていくこの自分の身体と精神を、どうやったら心地よく満足させ続けられるか、それだけかもしれない。それは、間違いなく自分にとって一生信頼できる軸だ。

     僕はこの日記を、シドニーをすでに出て、羽田空港へと向かう飛行機の中で、23時半、iPadで打っている。この旅行の、最後の時間だ。

     ただ、自分に嘘をついていないということを文章の基準にしよう、と思った。誰かに面白く伝えよう、と頑張るのではない。ただ、自分がまだ知らないことを知るために、文章を書こう、と思った。

     もう書きたいことはないかな? もっとあるような気もするけど、僕は今、機内で観られる映画が観たい。そして、もう今日の文は充分書いたと感じている。充分に書けたら、あとは映画でも見よう、と思っていたんだ。仕事のご褒美のようなものだ。こうして、自分が納得できる量を大体把握して、そこまではちょっと頑張って、それを終えることができたら、気兼ねなく思い切り遊ぶ、そういう、息を吸って、吐いて、またよく吸って吐く、みたいな感じで、生きていたいなと思う。

     よし、いいでしょう。では僕はこれから、『落下の解剖学』という映画を観る。そして、眠くなったら、寝るんだ。オーストラリアで出会ったみんなに、ありがとう。おやすみなさい。■

  • 5月17日(金)

     遅く起きる。カタリーナはもう出かけていた。家で、猫を撫でたり日記を書いたりポッドキャストのアップロードをしたりして、あっという間に13時過ぎ。昨日作ったペンネをレンジで温めて食べて、家を出た。

     今日は歩く、と決めた。ただ歩く。カタリーナが、ダーリングハーバーに行くといいよ、というから素直にそれに従うことにした。電車で行けば30分で着くが、どこかに着くために動くのはもういいかなと思った。だから、歩いた。

     歩いている間、ただ街を感じよう、と思った。これは、自分がこれからやっていきたいと思っているワークショップを反芻した結果でもあった。いったい僕はあのワークショップで何を伝えたかったんだろう、と考えた結果だ。で、これからやるとしたら、どんなタイトルだろう、と考えた。どうも僕は、両方の端っこを行き来する、ということを中心に物事を考えているようである。それはどういうことなのか、いい例えはないか、なにかとっかかりになるようなタイトルはないか、と考えながら歩いていて、ふと、僕はシドニーの街についてから、街にあるものに指で触れるということを一切していないなと思った。だから、塀を触った。木を触った。ベンチに座り、座面を撫でた。空気をしっかりと

    吸い込み、その匂いを味わってみた。すると、僕の旅は時間の構造をすっかり変えた。その場にいる、ということが意識の上の方にどんどんのぼってきて、「ダーリングハーバーに行く」という、言葉で把握できる抽象的な行為から、いま身体がおこなっていることが、ただ世界に在ること、になっていた。これは大発見じゃないか、と興奮した。僕は、言語で捉える、すなわち他者に伝えるために具体的な情報を削ぎ落として普遍性を目指す方向と逆のことも意識したい、と思っているんだ。

     それで、ワークショップのタイトルもふっと思い浮かんだ。「アンチジャグリング入門」。これだ。そして、例えていうならこれは輪ゴムだ、と思った。輪ゴムを遠くに飛ばそうと思った時、それをそのまま投げるだろうか? そうはしないはずだ。きっと、人は行きたい方向とはまず逆の方に引っ張る、ということをするはずだ。そして、限界までぐぐぐっと引っ張ってから、ぱっとそれを手放すと、勝手に遠くに飛んでいく。

     それと同じことが、生きていて起こるんじゃないか、と考えた。前に進もう、と考えて、前に進む。それは、ひたすら息を吐き続ける、ということに近い。でも、本当は、息をふーーっとたくさん吐きたいのであれば、まず吐く前に吸うことが自然なんじゃないか。

     そしてその吸うという行為は、つまり生きている中では、インプットを言語化することなく、そのまま感じる、ということなんじゃないか。ただ自分の中を通過させる。それを徹底して行う、自分の中に欲が発生したら、まずそれと真逆の方向にどこまでいくのか引っ張ってみることで、逆に力が生まれるんじゃないか、そんなことを考えた。

     僕はこのテーマだけで一冊の本を書けるじゃないか、そう、タイトルは『アンチなシドニーの一日』、だ、これだ、これはなんか、いけるんじゃないか、と思った。飛んだ勘違いの可能性も高い。けど、ただただ感じるだけで、そしてそれをつとめて言語化しないようにする、うまく表現なんてしない、と、逆方向に一旦振り切ることが、かえっていい結果を招いてくれるんじゃないか、遠く飛んでいく輪ゴムのような想像力を発揮できるんじゃないか、ととにかく確信したのだった。そんなことを考えながら一生懸命歩いていたら、ダーリング・ハーバーにちゃんとたどり着いた。もう夕暮れ時で、向こうに沈んでゆく太陽と、それが作りだす色が綺麗だった。脚がすっかり疲れていたから、段差に座って夕陽を30分以上眺めてぼーっとしていた。

     家に一旦帰って、カタリーナと一緒に近所のパブ巡りをすることになった。醸造を行なっているところ、スポーツパブ、そしてチキンパーミが美味しいの、というところの3軒。チキンパーミというのは、大きなチキンにチーズとトマトソースをかけて焼いた、チキンをそのまままるごと生地にしたピザのようなもの。歩き疲れてへとへとの身体がまさに欲している味がした。チキンを食べ終わってビールを飲んでいたら、シドニーに住んでいるディアナが現れた。サイモンと一緒にアデレードから車で何時間も運転してきたディアナ。僕はすっかり酔いが回っていて、とても嬉しくて、ディアナを抱きしめて長い髪の毛越しにほっぺにキスをした。カタリーナもディアナもコロンビア出身のラティーナだから、友達同士のキスなんて当たり前だけど、僕は今回オーストラリアに来て初めて自然に人のほっぺにキスをした。ディアナとは旅の前半にずっと一緒に過ごしていたけど、それから僕は3週間別の場所を転々とする生活をしていて、なんだかディアナと過ごした日々はもうとうの昔のように感じていたから、古い友人に久しぶりに会った気分だった。

     これまで何をしていたか、そしてシドニーでやったワークショップの話、そして、僕は今、あらゆる方法で、とにかく、こういうジャグラーがいる、ただそれだけ、そのことをどんどん示したいというだけなんです、と椅子から立ち上がって熱弁した。二人は感心したような、勢いに呆れたような、ないまぜの顔で、とにかく嬉しそうに僕の話を聞いてくれた。僕もカタリーナもディアナも上機嫌でパブを出て、車で帰るディアナを見送って、僕とカタリーナは歩いて家まで帰った。家に着いて、猫をわしわしと撫でて、カタリーナは、明日で帰っちゃうのねえ、でも来てくれてほんとによかったわあ、と抱きしめてくれた。僕も嬉しかった。残った気力でなんとか歯を磨いて、ベッドに潜った。歩きすぎた上に、ビールの飲みすぎで、関節が痛かった。ベッドサイドに置いたボトルに水をいっぱい入れて、起きるたびにぐびぐび飲みながら夜を過ごした。■

  • 5月16日(木)

     目を覚ましてリビングに行くと、テーブルの上にカタリーナの赤いリュックサックが置いてあった。仕事に行くところだった。行ってらっしゃい、と言ってカタリーナを見送り、僕は猫を撫でにベランダに出た。今日は早く家を出て、近所のカフェに行ってみよう。じっくり絵を描いてから、また家に帰ってきてポッドキャストを収録しよう。

     支度を終え、家を出て「今日よろしくお願いします」と大吾さんにリマインドのメッセージをしたら、もう仕事場にいるから、少ししたらできるよ、と返ってきた。少し迷ったのち、先にやっちゃおう、と思って家に引き返す。

     リビングの机で、オーストラリア最後のポッドキャストを収録。ワークショップのことについてたくさん話した。一ヶ月の間、きちんと毎週漏らさずにポッドキャストの収録ができたのはとても誇らしい。そして、毎回ラッキーなことにWi-Fiのあるきちんとした環境で収録ができるタイミングがあったのもよかった。

     終わったら10時半。昨日買ってきた食材でお昼を作って早めに食べてしまうことにした。トマトソースのペンネ。少しボリュームが足りないのでサラミをもしゃもしゃ食べる。たくさん作って、夕飯か明日の昼食にするつもりで冷蔵庫にしまっておく。それから改めて家を出て、インターネットで見つけた仕事のしやすそうなカフェへ。

     メッカ、と名のつくカフェで、もと工場だった場所を改装したお店だ。あたたかい陽射しが入り、ゆったりと雰囲気のいいところだった。2時間以上滞在して絵を3枚描いた。

     今日は美術館巡りをする。カフェから歩いて駅へ、またフェリー乗り場の駅まで電車に乗る。歩いてすぐのところに現代美術館があるのでまずはそこへ。

     僕は美術館に行った時、まず売店に行くようにしている。そこで、なんとなく美術館の傾向が掴めたりするからだ。この美術館は、インド製のカラフルな鳥のピンバッジに「JAPAN」と書かれたものが2ドルで売っていて、これはなんかいいなぁ、と思った。展示の面白さはそこそこだった。それからまた歩いて、シドニー博物館、ニューサウスウェールズ州立美術館、また別の博物館、と周り、そこでカタリーナからスペイン語でメッセージ。夕飯作るわよ、と。電車に乗って帰った。どれか一つ選べと言われたら、オーストラリアの入植の歴史を語るシドニー博物館がいいなと思った。アボリジニの人々が証言ビデオが興味深かった。

     家に着いたら、カタリーナがベイクパスタを作っているところだった。パスタにチーズをかけて焼いた、グラタンのようなもの。ビール飲む? と聞くので、もちろん、と答え、二人で冷蔵庫に残っていた最後の瓶ビールを開けてパスタと一緒に乾杯した。■