週刊PONTE vol.122 2021/03/15

=== PONTE Weekly ==========
週刊PONTE vol.122 2021/03/15
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PONTEは、ジャグリングについて考えるための居場所です。
週刊PONTEでは、人とジャグリングとのかかわりを読むことができます。
毎週月曜日、jugglingponte.comが発行しています。
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◆Contents◆

・青木直哉…ジャグリングの雑想 21.「Object Episodes を聞く」(5)

・ハードパンチャーしんのすけ…日本ジャグリング記 青春編 第15回

・寄稿募集のお知らせ

・編集後記

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◆ジャグリングの雑想◆ 文・青木直哉
21.「Object Episodes を聞く」(5)

「ウェスがサーカス学校に行って一番効果があったことは何か? 別にうまいこと言いたいわけじゃなくて、純粋に事実として、それは、パトリック・エルムナートに会ったことだと思うね」
Object Episodes 5は、サーカス学校について。ひいては、ジャグリングを学んでいくこと全般について。
ジェイが昔アメリカでジャグリングを始めた頃は、周りにジャグラーが一人もいないということはなかったが、基本的には一人で模索をしていた。ビデオをたくさん持っている人に手紙を送ると、その人がビデオを貸してくれて、それを見てかろうじて別の上手いジャグラーが見られる、というふうだった。
そんな中で育ってきたジェイは、サーカス学校でクラスを教えるように頼まれて初めて、自分の中に、「自学自習をする能力」が知らずのうちに備わっていたことに気づいた、という。
ジャグリングは、色々なアートやパフォーマンスの分野がある中でも、特別な用具や施設がいらない分野の一つである。その特性から言っても、実はそもそも学校のような組織が必ずしも必要なわけではない。むしろ、学校なんかに行って筋肉の部位の名称や、パントマイムや、他のダンスや、栄養学なんかを学ぶよりも、ジムを借りて毎日ジャグリングをして、自分でジャグリングのワークショップを受けに行って、色々な国に出かけたりして、自分で学習する方がいい可能性もある、と言うのである。(その一例として、具体的にどういう風に自習していくか、も語っている)

では実際に学校に行ったウェス(・ピドゥン)が学校で手に入れたもので一番のものは何だったか、というと、それは、もう一人の上手いジャグラー、パトリックに会ったことだろう、というのである。
ふむ。

なぜ人はサーカス学校に行くのか、というと、これも一つの事実としてジェイが把握したことがある。
ある時、ベルリンで開かれたワークショップに参加した人の話を聞いた。とても感動した、という。しかしジェイは、その講師がパフォーマーとしても講師としても、それほど優れていないことを知っている。ではなぜ彼らは感動していたのか。それは、お金を払って、わざわざ数日間の時間をとって、ジャグリングだけのためにそれらを捧げた、という事実に興奮しているのではないか、というのである。
なるほどね。
そう思うと、「サーカス学校に行く」ということそのものが魅力的に映る理由とも繋がってくる。つまり、「そのためだけにリソースを割いている」と言う事実を分かりやすい形で可視化できるのである。
しかし。「そんなのはまやかしの感動だ」と言うこともできるが(別にジェイはそうは言っていないけど)、実はとても切実な感動でもあるんじゃないか、とも僕は同時に思う。
どこかに「属す」ことは実質的には何の意味もない、ということもできるし、一方で、そういう幻想がすべてだ、と言うこともできるような気がする。
あとは、自分がどちらをとるか、ということだけだよね。

そうそう、このエピソードでは、日本のジャグリングシーンにも触れられていて、「日本にジャグリングが入ったのはとても最近で、確固たる伝統みたいなものがない中で発展しているからなのか、とても自由でいいよね」と言っていました。
「僕は長らくジャグリングとパフォーマンス、というものが切っても切り離せない関係だった中で育ってきたんだけど、ある時グレッグ・ケネディのために技を作る、という仕事をした時があって、その時に、本当に何をやってもよくて、ちょっと、日本のジャグラーみたいな気分を味わったね(笑)」だそう。逆に日本は、しっかりとジャグリングの土台(というか)がある社会に憧れてきたようなところもあるんじゃないかと思っていて、その辺りはお互い様だよな、と感じたりします。

※※※
僕自身の大学生活を思い出してみても、まぁ、これはジャグリングの話ではないが、何人かの、一生リファレンスにしていくような人と出会った、ということが何より、実質的に僕に影響を与えたことだと思う。授業の内容とか、本当に覚えていない(笑)

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☆勝手にPM Juggling(の板津大吾さんのnote)を紹介するコーナー☆
休日に感じるジャグリングライフのこと
https://note.com/daigoitatsu/n/nafe2d7cdf4b2
「絵本を読む、粘土であそぶ、折り紙をつくる、など、子どもとのあそびは本気でとりくめば無限に工夫ができる。」
(記事本文より)
先日6歳の子にディアボロを教えていて、途中からただのごっこ遊びになっていたんですが、それが非常に楽しくてですね。
僕は今もこういうことをやりたいんだな、とはっきり分かりました。
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◆日本ジャグリング記 青春編◆ 文・ハードパンチャーしんのすけ
第15回

2002年。
東京都の大道芸ライセンス制度、ヘブンアーティスト事業がスタートしました。現在も続いている20年近く存続する制度です。ヘブンアーティスト制度の良い側面を一つ挙げるなら、ジャグラーがジャグリングで生活できるきっかけとなったことでしょう。
もちろん、ヘブンアーティストのみで生計を立てるのは簡単なことではないのですが、それでも活動の場所が公に認められたこと、また「東京都から認められた」というお墨付きを得て世間的な信用を得られたことは大きかったのです。
ヘブンアーティストを皮切りに、大道芸のイベントも数が増えました。東京都が主催する事業も生まれましたし、東京都以外でもヘブンアーティストを活用したフェスティバルがどんどん増えて行きました。その多くは、プロデューサーである橋本隆雄さんの影響です。
当時橋本さんは、フランスのヌーボーシルクへの関心が強く、ヘブンアーティストが始まる前に実験的に実施されたイベント「テアトル・ド・リュー東京」など、フランスの芸術運動を追うような形にて制度は発展していきました。
日本のジャグリングにも「アート性」が求められた訳です。
それは、「ジャグリングをジャグリングとして見せる」ことをしたいひとたちにとっては朗報でした。ジャグリングを自由に披露する場の中心に大道芸がある中、「投げ銭を取るため」「ウケるため」に一般に媚びたことをしなくても良い訳ですから。むしろ、媚びたことは認められない…そんな空気が当時の「アート」にはありました。
…などと書いていると、今は自分のジャグリングを発露する場があるのだなぁ、としみじみします。
ヘブンアーティストの意義は大きく、目黒陽介さんが見出されたのはヘブンアーティストがあってこそだったように感じています。もちろん、ヘブンアーティストがなくても、目黒さんは自分の力で道を切り拓いた…とも思いますが、現実として大きなきっかけとなったのは間違いないでしょう。ヘブンアーティスト制度がなければ、現在の日本のジャグリングは大きく変わっていたのではないでしょうか。

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◆寄稿募集のお知らせ◆

週刊PONTEに載せる原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
編集長による査読を経たのち掲載。
掲載の場合は、宣伝したいことがあればしていただけます。
投稿・質問は mag@jugglingponte.com まで。
締め切りは、毎週金曜日の23:59です。

◆編集後記◆ 文・青木直哉

-発行、遅れました!失礼いたしました。

-最近はKindleで洋書を読んでいます。いい感じです。=== PONTE Weekly ==========
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毎週月曜日、jugglingponte.comが発行しています。
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・青木直哉…ジャグリングの雑想 21.「Object Episodes を聞く」(5)

・ハードパンチャーしんのすけ…日本ジャグリング記 青春編 第15回

・寄稿募集のお知らせ

・編集後記

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◆ジャグリングの雑想◆ 文・青木直哉
21.「Object Episodes を聞く」(5)

「ウェスがサーカス学校に行って一番効果があったことは何か? 別にうまいこと言いたいわけじゃなくて、純粋に事実として、それは、パトリック・エルムナートに会ったことだと思うね」
Object Episodes 5は、サーカス学校について。ひいては、ジャグリングを学んでいくこと全般について。
ジェイが昔アメリカでジャグリングを始めた頃は、周りにジャグラーが一人もいないということはなかったが、基本的には一人で模索をしていた。ビデオをたくさん持っている人に手紙を送ると、その人がビデオを貸してくれて、それを見てかろうじて別の上手いジャグラーが見られる、というふうだった。
そんな中で育ってきたジェイは、サーカス学校でクラスを教えるように頼まれて初めて、自分の中に、「自学自習をする能力」が知らずのうちに備わっていたことに気づいた、という。
ジャグリングは、色々なアートやパフォーマンスの分野がある中でも、特別な用具や施設がいらない分野の一つである。その特性から言っても、実はそもそも学校のような組織が必ずしも必要なわけではない。むしろ、学校なんかに行って筋肉の部位の名称や、パントマイムや、他のダンスや、栄養学なんかを学ぶよりも、ジムを借りて毎日ジャグリングをして、自分でジャグリングのワークショップを受けに行って、色々な国に出かけたりして、自分で学習する方がいい可能性もある、と言うのである。(その一例として、具体的にどういう風に自習していくか、も語っている)

では実際に学校に行ったウェス(・ピドゥン)が学校で手に入れたもので一番のものは何だったか、というと、それは、もう一人の上手いジャグラー、パトリックに会ったことだろう、というのである。
ふむ。

なぜ人はサーカス学校に行くのか、というと、これも一つの事実としてジェイが把握したことがある。
ある時、ベルリンで開かれたワークショップに参加した人の話を聞いた。とても感動した、という。しかしジェイは、その講師がパフォーマーとしても講師としても、それほど優れていないことを知っている。ではなぜ彼らは感動していたのか。それは、お金を払って、わざわざ数日間の時間をとって、ジャグリングだけのためにそれらを捧げた、という事実に興奮しているのではないか、というのである。
なるほどね。
そう思うと、「サーカス学校に行く」ということそのものが魅力的に映る理由とも繋がってくる。つまり、「そのためだけにリソースを割いている」と言う事実を分かりやすい形で可視化できるのである。
しかし。「そんなのはまやかしの感動だ」と言うこともできるが(別にジェイはそうは言っていないけど)、実はとても切実な感動でもあるんじゃないか、とも僕は同時に思う。
どこかに「属す」ことは実質的には何の意味もない、ということもできるし、一方で、そういう幻想がすべてだ、と言うこともできるような気がする。
あとは、自分がどちらをとるか、ということだけだよね。

そうそう、このエピソードでは、日本のジャグリングシーンにも触れられていて、「日本にジャグリングが入ったのはとても最近で、確固たる伝統みたいなものがない中で発展しているからなのか、とても自由でいいよね」と言っていました。
「僕は長らくジャグリングとパフォーマンス、というものが切っても切り離せない関係だった中で育ってきたんだけど、ある時グレッグ・ケネディのために技を作る、という仕事をした時があって、その時に、本当に何をやってもよくて、ちょっと、日本のジャグラーみたいな気分を味わったね(笑)」だそう。逆に日本は、しっかりとジャグリングの土台(というか)がある社会に憧れてきたようなところもあるんじゃないかと思っていて、その辺りはお互い様だよな、と感じたりします。

※※※
僕自身の大学生活を思い出してみても、まぁ、これはジャグリングの話ではないが、何人かの、一生リファレンスにしていくような人と出会った、ということが何より、実質的に僕に影響を与えたことだと思う。授業の内容とか、本当に覚えていない(笑)

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☆勝手にPM Juggling(の板津大吾さんのnote)を紹介するコーナー☆
休日に感じるジャグリングライフのこと
https://note.com/daigoitatsu/n/nafe2d7cdf4b2
「絵本を読む、粘土であそぶ、折り紙をつくる、など、子どもとのあそびは本気でとりくめば無限に工夫ができる。」
(記事本文より)
先日6歳の子にディアボロを教えていて、途中からただのごっこ遊びになっていたんですが、それが非常に楽しくてですね。
僕は今もこういうことをやりたいんだな、とはっきり分かりました。
—————————

◆日本ジャグリング記 青春編◆ 文・ハードパンチャーしんのすけ
第15回

2002年。
東京都の大道芸ライセンス制度、ヘブンアーティスト事業がスタートしました。現在も続いている20年近く存続する制度です。ヘブンアーティスト制度の良い側面を一つ挙げるなら、ジャグラーがジャグリングで生活できるきっかけとなったことでしょう。
もちろん、ヘブンアーティストのみで生計を立てるのは簡単なことではないのですが、それでも活動の場所が公に認められたこと、また「東京都から認められた」というお墨付きを得て世間的な信用を得られたことは大きかったのです。
ヘブンアーティストを皮切りに、大道芸のイベントも数が増えました。東京都が主催する事業も生まれましたし、東京都以外でもヘブンアーティストを活用したフェスティバルがどんどん増えて行きました。その多くは、プロデューサーである橋本隆雄さんの影響です。
当時橋本さんは、フランスのヌーボーシルクへの関心が強く、ヘブンアーティストが始まる前に実験的に実施されたイベント「テアトル・ド・リュー東京」など、フランスの芸術運動を追うような形にて制度は発展していきました。
日本のジャグリングにも「アート性」が求められた訳です。
それは、「ジャグリングをジャグリングとして見せる」ことをしたいひとたちにとっては朗報でした。ジャグリングを自由に披露する場の中心に大道芸がある中、「投げ銭を取るため」「ウケるため」に一般に媚びたことをしなくても良い訳ですから。むしろ、媚びたことは認められない…そんな空気が当時の「アート」にはありました。
…などと書いていると、今は自分のジャグリングを発露する場があるのだなぁ、としみじみします。
ヘブンアーティストの意義は大きく、目黒陽介さんが見出されたのはヘブンアーティストがあってこそだったように感じています。もちろん、ヘブンアーティストがなくても、目黒さんは自分の力で道を切り拓いた…とも思いますが、現実として大きなきっかけとなったのは間違いないでしょう。ヘブンアーティスト制度がなければ、現在の日本のジャグリングは大きく変わっていたのではないでしょうか。

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◆寄稿募集のお知らせ◆

週刊PONTEに載せる原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
編集長による査読を経たのち掲載。
掲載の場合は、宣伝したいことがあればしていただけます。
投稿・質問は mag@jugglingponte.com まで。
締め切りは、毎週金曜日の23:59です。

◆編集後記◆ 文・青木直哉

-発行、遅れました!失礼いたしました。

-最近はKindleで洋書をよく読んでいます。

また来週。

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発行者:青木直哉 (旅とジャグリングの雑誌:PONTE)

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