週刊PONTE vol.118 2021/02/15

=== PONTE Weekly ==========
週刊PONTE vol.118 2021/02/15
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PONTEは、ジャグリングについて考えるための居場所です。
週刊PONTEでは、人とジャグリングとのかかわりを読むことができます。
毎週月曜日、jugglingponte.comが発行しています。
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◆Contents◆

・青木直哉…ジャグリングの雑想 17.「練習すれば必ずできる」

・ハードパンチャーしんのすけ…日本ジャグリング記 青春編 第11回

・寄稿募集のお知らせ

・編集後記

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◆ジャグリングの雑想◆ 文・青木直哉
17.「練習すれば必ずできる」

今回も、「Object Episodes を聴く」一回分お休みです。
※※※
6歳のNちゃんに時々ディアボロを教えている。知り合いの娘さんである。頻度は2週間に1回。東京の公園で集まって、1時間一緒にディアボロをやる。

そこで思ってもみなかったハードルがあった。
技術を教えようと思うのだが、そもそも「1時間ずっとディアボロに興味を持ってもらう」ということがチャレンジングだったのである。こんな事実は、小さい子に日頃から関わりがある人はとっくにご存知だとは思う。

幸いNちゃんは基本的に、1時間だいたいディアボロを触ってくれるから、嬉しい。
しかしこちらが教えたことに何回か挑戦してみて、成功しないと、少し顔が曇り、すぐ木の棒で遊び始めたり、樹に登ってみたりする。
自分が自信を持ってできることをやり始めるのである。

僕はそこで、ジャグリングって、そういえば難しいことだった、と思い出す。
意識して継続的に練習しないと、できるようにならないことだった、と思い出す。
僕自身がもう29年生きていて、15年近くもジャグリングをしてきていて、どんな気持ちでジャグリングを習得していたかなんてからっきし忘れて、6歳の、ジャグリングを始めたばかりのNちゃんとはまるで別の立場になっていたのだ。

自分自身のポリシーとしては、ジャグリングは「練習すれば必ずできる」といつでも伝えている。一般的に言って、それは真実だからである。
「質は問わないので、とにかく練習し続ければ、あるていどの技術は『必ず』身に付く」と、自分自身も信じているし、相手にもそれを期待している。
そして「質を問わず何かをやり続けること」は、老若男女、万人が可能なことだし、質を問わないのであれば、それほど難しくない、と信じていた。

でも、「格別面白くないことをやり続ける」ことのハードルの高さって、年齢、状況、個性によって、本当に千差万別なのだ、と気が付いた。

そういえば、僕自身も小さい頃は「地道に頑張って何かを身につける」なんておよそできなかったな。
5、6歳ぐらいの時にハイパーヨーヨーが流行った。苦労しておもちゃ屋さんを回って、やっと手に入れたけれども、当時コロコロコミックに載っていた技を順番に試していき、2、3回挑戦してできなければ、もうそれは「できない技」なのだと思って、さっさと諦めていた。
練習を重ねればいつかできる、と心の奥ではわかっていたのかもしれない。しかし「できないことをやる時間」の退屈さを思うと、さっさとヨーヨーなんかほっぽり出して、ぬいぐるみ遊びでもした方が楽しい、と思っていたような気がする。
誰にも邪魔されずに、ぬいぐるみを使ってお話を延々と作り出す方が遥かに楽しかった。

まあ、これはジャグリングに限ったことではなくて、自分が興味は持てないことは続かない、というだけかもしれないけれども。

たまたまジャグリングに言いようもないくらい惹かれれば勝手に続くし、ジャグリングがそれほど「ハマって」いないのであればそんなに続かない、というだけのことかもしれないけれども。

ちょっと苦労しないと見えない楽しみもあるんだろうか?
しかし、苦労なんかしなくても、さっさと楽しいと知っていることをやるほうがはるかによくないだろうか、と思う自分もいる。

Nちゃんはこのさきどれくらいジャグリングに興味を持ってくれるだろう。
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☆勝手にPM Jugglingを紹介するコーナー☆
【Weekly PM】#52:ビーンバッグづくり、進行中
https://pmjuggling.com/blogs/weeklypm/20210214

前回の記事に比べて、写真に写っているビーンバッグの数が如実に増えているの面白い。
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◆日本ジャグリング記 青春編◆ 文・ハードパンチャーしんのすけ
第11回
2000年から2001年。
ミレニアムを迎えた高揚感もしくは世紀末を終えた安堵感(世紀末で世の中終わる…みたいなのもあったしたなぁ)もあり、解放された気持ちになったような。
ジャグリング関連で言うなれば、何かが解放されたような、今後に繋がる種がギュッと詰まっている感じがします。
実際にどんなことがあったのでしょうか。一部にはなりますが、具体的に挙げてみましょう。

2000年
・日本ジャグリング協会機関会報「Shall We Juggle?」発刊
・ドーナツライブ開催(3/29)
・JJF2000(京都)
2001年
・沢入サーカス学校開校
・日本ジャグリングDAY
・匿名巨大掲示板「2ちゃんねる」にて「ジャグだ、Jugglingだ!」スレッド作成
・NPO法人「しずおか大道芸のまちをつくる会」設立
・Internet Juggling Database (IJDb) 開設
・IJA Stage Competitions(Madison, Wisconsin) インディビジュアル決勝出場 松浦昭洋

※安部保範さんと西川正樹さんによるジャグリング年表
http://www.chansuke.net/chansuke/jug/history.html
を参考にしつつ、追記訂正を含めて記載しています。

ジャグリング公演の先駆けである京都大道芸倶楽部Juggling
Donutsによる「ドーナツライブ」や、後にたくさんの素晴らしいジャグラーたちを数多く輩出することになる「沢入サーカス学校」がこの時期にスタートしています。
そして、2ちゃんねるやジャグリングデータベースもこの時期に始まっていて、インターネットによる交流プラットフォームが整いつつあることも感じます。

ドーナツライブや沢入サーカス学校、そしてIJAでの松浦さんの決勝進出などを考えると、IJAが筆頭である海外に憧れながらジャグリングを楽しんでいたところから、無意識の部分があるにせよ「プロとしてジャグリングを魅せる」という意識が芽生えていたのが、この時期なのではないかな、と思います。
また、日本ジャグリング協会やナランハの設立が、この時の1、2年前でもありますから、それまでに溜まっていたジャグリングへの熱が、具体的な形となって吹き出していった時期とも言えます。

ジャグラーたちが自分たちの足で歩き始めたこの時期の出来事について、毎度個人目線で恐縮でありますが、次回からスケッチして行きたいと思います。

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-編集長コメント-
「ジャグリング関連で言うなれば、何かが解放されたような、今後に繋がる種がギュッと詰まっている感じがします。」(記事本文より)
なんだか、この表現、とてもいいなぁ。
来週以降も楽しみです。
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◆寄稿募集のお知らせ◆

週刊PONTEに載せる原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
編集長による査読を経たのち掲載。
掲載の場合は、宣伝したいことがあればしていただけます。
投稿・質問は mag@jugglingponte.com まで。
締め切りは、毎週金曜日の23:59です。

◆編集後記◆ 文・青木直哉

-今、ジャグリングユニットピントクルの「フニオチル」という公演の取材で京都に来ているのですが、ここ数年で見慣れていた、外国人観光客でいっぱいの京都と比べて、どこも閑散としています。すごい。

また来週。

PONTEを読んで、なにかが言いたくなったら、mag@jugglingponte.com へ。

発行者:青木直哉 (旅とジャグリングの雑誌:PONTE)

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