エルサム最後の朝。昨日の夜遅くまで起きて絵を描いていたので、9時半ごろまで寝ていた。別に急ぎの用があるわけでもない。朝早く車で誰かが出かける音がしたなと思っていたんだけど、マーヴィンが仕事に出かけたようだった。3時ごろまで帰ってこないというので残念だったが仕方ない。ジュリーがキッチンで、夕飯にするシェパードパイを作っていた。何時に出るんだっけ、とジュリーがキッパリ聞いてくる。お昼頃には、と適当な返事をする。マストの用事は、午後6時のバスに乗ることだけなのだが、その前にもう一度街をもう少し見ておきたい気持ちがある。だが、いかんせん具合が100%良くなっているわけでもないので、もう少し家で休みたいような気もする。逡巡しつつ、シリアルを食べて、二階に上がって帰りの支度をのんびりしつつ、2人にあげるつもりの絵の裏面にメッセージを書いていたら、ジュリーが階下から「How are you doing?」と聞いてくるので、「もうすぐパッキング終わって下に行くよー」と答え、ついに家を出ることにした。ダイニングで、ジュリーに封筒にいれた絵を渡す。ラブリー、と言ってニコッと笑ってくれた。ジュリーはあんまり笑わないから、笑ってくれた時に本当に嬉しいし、かわいらしい人だなと思う。マーヴィンが帰ってきたら見せましょ、と言って絵をテーブルに丁寧に置いた。
少し名残惜しいけど、新しいところに向かうのを待ちわびていた気もする。ジュリーは車で駅まで送ってくれた。ゼイダはお留守番なのでここでお別れ。マーヴィンは後であなたにメッセージすると思う、私の方からもよろしく言っとくね、と言い残し、ぎゅっと抱きしめてくれたあと、さっさと車で帰って行った。
僕は幸運にも3分ほどでやってきた、エルサムからのこの旅最後の電車に乗る。今日は、フリンダーズ・ストリートの次の駅、サザンクロスまで。
サザンクロスは色々なところへ行くためのハブ駅で、各方面への電車、バスが充実している。とりあえず駅を出て、Googleマップで最初に出てきた荷物預かり所に行く。一日10ドルで荷物を預かってくれる。そこでスーツケースを預ける。不思議なアクセントのある女性が受付をしてくれた。身軽になって、ひとまずご飯を食べることにする。これもまたGoogleマップで調べて知った、うどん屋さんに行く。その名も「Udon Yasan」である。サザンクロスからは、歩いたら30分ほどかかるが、ちょうどトラムが真っ直ぐに伸びていて、それに乗ったら無料だし10分かからなかった。メルボルンの街は碁盤の目上にわかりやすく作られている。うどん屋は大繁盛で、僕が行ったときはほぼ満席だった。唯一空いていた席に相席で座る。味はかなり日本のうどんに近いもので、麺にもコシがあって美味しかった。本当はただのきつねうどんでもよかったんだけど、お揚げと肉が乗った豪華なものを頼んだ。これで10ドル弱。日本円にして1000円くらいで、日本だったら少し高いかな、と思うけど、メルボルンでこの価格はちょっと信じられない。きつねうどんだったら、6ドル少しだった。どうりで人が多いわけである。しかも美味しいし。ソフトドリンクも300円くらいで出るので、普通にコンビニで買うよりもはや安い。相席になった人がどう見ても日本人だったので食べている途中で我慢できずに話しかけた。メルボルンには一年間の留学にきていて、今ちょうど三ヶ月経った所だという。そろそろ日本が恋しくなっている、と。僕も一年ほどイタリアに滞在していたからその感覚はわかる。ちょうど三ヶ月ぐらい経つと、滞在している国の言葉にかなり慣れてきて、生活に不自由がなくなってくると同時に、日本にいたことが遠い昔のように感じて、ちょっと独特な懐かしさが込み上げるのだ。
周りを見渡しても、日本人が他にも明らかに何人かいた。スタッフも日本人で、厨房で注文を伝える時は日本語を使っていた。
うどん屋を出たら、今度は日系ニュージーランド人リサがおすすめしてくれたカフェ「モックタートル」に行く。一応トラムを使ってもよかったんだけど、歩いて10分ほどだったので歩いた。感じのいい若い店員さんが何人かで回していた。フラットホワイトを頼んだ(まぁ、ほぼカプチーノである)。なかなか美味しかった。
このカフェがあるデグレイブという通りはもう何度も来ていて、ここからなら、駅周辺の施設は地図を見なくてももう大体辿り着けるようになった。僕は地図なしでナビゲートするのが得意だ。オーストラリアに来る前に寄ったシンガポールでも、もう5年以上行っていない、しかも歩いて行ったこともないお店に駅から歩いて行けた。
で、僕は美術館が二館に分かれていて(もっとあるかも)その片割れにまだ行っていないことに気づいたのでそちらへ向かう、と、その道でacmi(オーストラリア映像博物館)があったので、一昨日も来たんだけど、もう一度行って、自分の姿をパラパラ漫画にできるという展示を見た。日本にいる友人が、日本で見た展示に、これと同じのをメルボルンでもできます、って書いてあったんだけど、というので、せっかくなら試してみようというわけである。無料だし。で、やったらこれが結構面白くて、実際に紙の冊子にするのに15ドルかかるということだったんだけど、その額を払って作ってもらった。結構いい出来だった。なんか、ジャグラーが、ちょっとしたプレゼントとして自分のジャグリングのパラパラ漫画を売るのって面白いんじゃないかと思ったりした。大道芸で1000円以上入れてくれたらパラパラ漫画、とかなんか素敵。
映像博物館を出たらNGVのオーストラリア館、すなわち僕が行きたかったギャラリーの片割れの方へ。オーストラリア出身のアーティストの作品が主に並べてある。こちら、面白かった。特に原住民系のアーティストの作品、僕が大好きなものばかり。こりゃ、もっとアートを探る旅をせねばな、と思う。もう、本当に、雑多に、どんどん見るべきだ。3階建てで全部見て回るのに1時間以上要して(ゆっくり見たらこの3倍ぐらいかけられる)出る時にはもう午後4時。図書館に行こうと思ったけどもうサザンクロスに帰ることにする。トラムでも電車でもよかったし、お金はかからないんだけど、歩いて行くことにした。最後に街を見ていこう。普段通らない道を選んで、ちょっとジグザグしながらサザンクロスへ。コーヒーでも飲んで待とうかと思ったんだけど、だらだら歩いていたら時間が過ぎて、もうすぐバイロンがくる時間になったので、大人しく駅のベンチで待つことにした。
携帯の電源が切れていたので、駅にあったフリーWi-FiをiPadで拾ってバイロンに連絡。しばらくしたら現れた。バイロンは、新しく買ったアパートの初めての内見をすませてきた所らしい。どうだった、と聞いたら、概ね満足そうだった。
バスに乗る前にちょっと何か食べよう、と、フライドポテトを食べに行く。駅ビルの上の階にまずまずのファストフード店があったのでそこで食べる。10分くらい待って、ポテトが出てきて、パパッと食べて、バイロンは下にあるセブンイレブンでレモンティーとチョコを買い、僕らはバスに乗った。運転手のおっちゃんがなんだか面白い人で、ディズニーランドのアトラクションの案内人みたいだった。乗客もちょっと盛り上がっていた。バイロンとつもる話をしながら、すっかり夕暮れ時のメルボルンを後に、僕は次の町、オルベリーへと向かった。■