昨日の夜脚がつって目が覚めた。狭い二段ベッドの上で体勢を変えられずキツかった。5時半に、一度目覚ましで起きる。が、部屋が真っ暗で、また寝る。起きたのは8時ごろ。昨晩は11時には寝ていたので、しっかり回復している。
チェックアウトの時間は10時で、それまでに無料のシリアルやコーヒーを摂る。昂汰くんも起きてきて一緒に食べる。それからチェックアウトをして、まだ中にいても良い、とのことなので、中庭で絵を描きながらスペースを少しやる。映像付きというのができたので、大橋くんが後ろでジャグリングをあいていたら、途中で、横で見ていたおじさんが話しかけてくる。20年近く前に日本に行ったことがあるんだよ、と言う。宮崎にあった室内ビーチの話をしていた。
大きな荷物を置いて、宿を出る。今日も特にこれといった予定はないので、まずはきのう駅でパンフレットを見て気になったMOD. という名前のミュージアムに行くことにする。
今日は日差しがそこまで強くなくて過ごしやすい気候だ。風がややある。雲も出ていて、もしかしたら雨が降るかもしれない。そんな予感。
ミュージアムの手前で感じのいいデザインギャラリーがあった。おそらく大学敷設のギャラリー。可愛らしい焼き物や織物がある。奥の部屋ではアーツ&クラフツのコンペの結果発表のような展示もやっていた。いい空間だった。特に、レジ横にあった鳥のティータオルが最高に可愛くて本気で買おうか迷ったけど、一旦やめておく。でも、お土産で買ってもいいかも。もう少し考えよう。まだ旅は始まったばかり。
ミュージアムについた。入場は無料。この日はいくつかミュージアムを見たけど、どれも無料が多かった。いいことだ。このミュージアムも大学の敷設のようで、学生らしき人たちがスタッフをやっていた。詳細はわからないけど。テーマは移り行く地球環境の中であなたはどのような行動を起こすか、というようなやや教育的なもので、入場時にもらうトークンをATM大のかっこいい機械のマークの上に置くと、選択肢を選べる、というものだった。A〜Eまで自分が取るであろう選択肢が選べて、最終的にその選択によってどのような未来が切り拓かれるか、という仮想未来が表示されるというインタラクティブな展示。なかなか面白かった。ちびっ子を連れた家族が多くて、こういうものに無料でアクセスできるのはいいなぁと思う。社会への贈与を感じる。
それからボウにお勧めしてもらったヴィーガンバーガー屋へ。歴史ある商店街の一角にあるお店。昂汰くんはバロンバーガー、僕はチリコンカンバーガーを頼む。バーガー一個で足りるかなとも思ったけど、十分なボリュームだった。店員のお姉さんが優しかった。トイレの場所を聞くと、鍵がついたフライ返しを渡され、あっちに行ったドアをこれで開けてね、と言われた。
まだお昼を少し過ぎたところ、ここでサイモンから連絡があり、あと1時間ほどで到着する、という。ちょうどいいや、と思って、バーガー屋から歩いて15分ほどの植物園に行って時間を潰すことにする。植物園は、日本では見ないタイプの樹々や鳥でいっぱい。親子連れ、友達同士、カップルがいて和やかな雰囲気。
「あそこ、落ちてくる果物に注意!って看板あるよ」
「面白いですね」
すると横で見ていたおばちゃんが話しかけてくる。
「これなんの果物か知ってる?」
「いやあ、全然わからないですね、なんでしょうね、緑の、なんか、ブロッコリーの頭を丸めましたみたいな」
そしておばちゃんは紐で区切ってある区域に入って行って木に貼ってあるプレートを見、これはオレンジの一種らしいわね、と言って帰ってきた。
適当にぶらぶらしていると、「アリガト」と言う言葉が聞こえてきた。テーブルを前に座っている子供が、日本語の練習をしている。お父さんが笑っている。僕がそこで「こんにちは」と声をかけると「君も日本語を喋れるんだねえ」とふにゃふにゃと落ち着きのない感じで返してきた。
「そうだよ、日本語、ちょっと喋れるよ」
「ゴズィッラを知ってる?」
「ゴジラね、僕の育った街には、今ゴジラの足跡があるよ、東京でゴジラを見たこともあるよ」
「東京にはさあ、ゴジラのおっきな人形が二つあるんだってさ」
「(知ってるんだ…)そうそう、ゴジラは見たことあるの?」
「スィン・ゴズィッラの最後では、背びれがすっごく怖くて、ゴズィッラの尻尾も長いんだよ」
「よく知ってるねえ」
お父さんが「この子、どハマりしちゃってるのさ」と笑っている。日本のどこから来たか、とか色々話した。ちょっとこの子に日本語を教えてよ、と言う。日本語かあ、何がいいかな、と昂汰くんに聞いたら、お父さんが「その『ニホンゴ』ってのは何?」と言うので、「ゴ、というのは言葉という意味で、それをつければなんでも言葉になりますよ、日本語、中国語、スウェーデン語、イタリア語、ゴジラが喋ったらゴジラ語」
お父さんは笑って、それを息子に伝えた。
「ゴズィッラは日本語でなんていうの?」
「ゴジラ」
「ゴッジロ」
「そう、ゴジラ」
「Minecraftは?」
「マインクラフト」
「マーインクラフトゥ、オウ」
「そうそう」
「その、『ソウ』ってなあに」
「Rightっていうことだよ、いいねえ、いっぱい興味を持って」
「『イイネエ』は?」
「Goodって意味だよ」
「イーネー」
僕らがなぜここにいるのかを説明し、昂汰くんがボールジャグリングをやって見せたら、飛び跳ねて喜んでいた。彼は名をイーライ、と言うそう。もう1人の小さな娘さんも日本語をやっているんだそうで、この子はエンバーという名前だった。
少しだけ芝生でジャグリングをしていたら、サイモンから再び連絡があって、そろそろ迎えに行ける、と言う。そこで植物園の外で待つ。全然来ないなぁ、と思っていたら、反対側からサイモンが現れ、手を振り、体をくねらせていた。
「オーストラリアにようこそ!今、えらい違法駐車してっからチャッと行くよ」
窓にひびが入り、ドアは土でドロドロの三菱ASXで、これから一週間滞在する宿に向かう。
宿はAirbnbで予約したもので、会場から徒歩5分。肌色のレンガを組んで作られた大きな一軒家。最も、これは日本人の僕視点で、オーストラリアでは別に大きくないのかも知れにあ。でも、僕からしたら大豪邸。中に入るとすぐにキッチンとダイニング、そして奥にはリビングルーム。2階に上がると、部屋が三つあって、バストイレは各階にある。コーヒーマシンやレンジ、巨大な冷蔵庫も完備されていて、とても暮らしやすい。すでにソファで、コロンビア人の女性ディアナが寝ていて「ハロー」と眠そうに笑顔で挨拶をしてきた。2階に上がったらイタリア人の男女、チームバウビーニのステゴとセリーヌ。イタリア語で話しかけたらびっくりしていて、セリーヌは「むっちゃうまいね」と褒めてくれ、サイモンは「ナオヤはランゲージ・マスターだ」と目をかっぴらいていた。
「6 時からアデレードの地元のジャグリングクラブ活動があるから行こう」
とサイモンが言った。というわけで、4時から6時まで少し寝たり、荷物を整えたりしてからジャグリングクラブへ。
サーカス学校で、毎週水曜日に集まっているんだという。サーカス学校といっても、とても大きなものではないけど、エアリアルもできるし、いわゆるサーカスで使うものは一通り揃っている印象で、豊かである。三々五々、最終的に15人ほどのジャグラーが集まった。サイモンはずっと叫んでいた。サイモンは声がでかい。昂汰くんは、こういう場所が、長崎にあればいいのに、という。別に必ずしも上手くなることが目的じゃなくてもいいから、みんな集まってジャグリングを楽しんでる、みたいな場所。僕が毎週通っているYDCと言うクラブはわりとそういうところで、そうですよね、また行きたい、と言った。以前来たことがあるそうだ。
帰り道、スーパーが開いていたら、との望みで近くでおろしてもらったけど、結局タッチの差で閉まっており、代わりに、ガソリンスタンドに付設されたコンビニでカップ麺とポテチを買って行った。家に帰ったらイタリア人のステゴとセリーヌがゆっくりしていた。ステゴがビールをさっと差し出してくれて、僕はお礼を言ってそれを飲む。アデレードのローカルビールだ。日本よりも柔らかい、赤い缶に入った冷たいビールは、疲れた身体にじんわりしみた。■