5月14日(火)

 朝、クリス、レイチェルと一緒に車で家を出る。長距離バスの乗り場まで歩いて行ける場所にあった公園の駐車場におろしてもらった。ありがとう、またね。僕はオレンジのスーツケースを持って歩き出す。この通りにはいいカフェがいっぱいあるよ、と勧めてくれた通り、おしゃれなカフェがたくさんあった。そのうちのひとつ、Casa Espressoという店に入る。中国系のスタッフが多かった。そのうちのひとり、メガネをかけたにいちゃんがやたらにずっとはしゃいでいて愉快だった。あれぐらい軽快に、流暢に英語を話せたらどんなに楽しいだろうか、と思う。えーと、ミルクベースのコーヒーで、と伝えたら、うん、で、どういうのがいいの? と聞かれる。ラテ、とか、フラットホワイト、とか言わないといけない。まだ全然慣れない。

 コーヒーと、一緒に頼んだサーモンとチーズとルッコラのベーグルが届く。素材が全部生きていて、とても美味しい。バスの時刻までは1時間以上時間があったので、コアラの絵を描いて過ごす。店内には日がさしていて、実に気持ちがいい。店内に入ってくるおばさんは、「明日こようと思って下見に来たの」という。他のお客さんは、どう、元気?と店員さんに聞いてから、注文をし、半分がテイクアウトしていく。

 時間が来たのでバス停に向かう。Googleマップを使えばどこにでも行ける。つまらない。

 発車は10時だが9時36分に着いた時にはもう乗車が始まっていた。余裕を見て、トイレにだけ行ってバスに乗る。隣に乗ってきたのが、なんだかボソボソと独り言を言っている中国人だった。やたらに幅をとって乗るので、窮屈だった。時々押し返してみた。

 延々と雑木林、丘、時々森、そして川、といった景色が続く。日はまだ燦々とさしていて、車内はだんだん暑くなってくる。

 3時間半でシドニー中心駅に到着。乗車中は、着いてすぐにやる予定のワークショップの内容を文章にしていた。英語で書こうとも思ったけど、一度日本語で書いてみた方がいいんじゃないかと思って日本語で4ページ分書く。自分自身がジャグリングに相対する姿勢について書いている。終わりのない問いについて書いている。これは、自分自身で実践が足りていない、ということを示していると思う。まぁ、でも実践が足りていない、とわかったところで、どんどん実践していくしかないので、だから今回のワークショップもその実践の一つであるわけで、悩んでもしょうがない。答えが出ない、ということをいかに伝えるか、ということでしかない。

 駅までサイモンが車で迎えに来てくれた。駅のすぐそばの工事現場の入り口に停まっている車に乗り込んだら、アデレードで会った時と相変わらず、「とんでもない違法駐車をしてるよ、早く出よう」と言った。

 車で15分ほどのサイモンのアパートに着くと、奥の部屋から1人の青年が出てきた。マイフレンド!と言いながら出てきたその青年を、僕は知らなかったけどとりあえずハグした。彼はブラジルのリオデジャネイロから来たエドゥアルドくんだ。サイモンと同じ、サーカス・リオで働いている。まずはコーヒーでも飲むか、と言うサイモンにコーヒーを淹れてもらい、それを飲みながら話す。サイモンはAJCが終わってからショーの仕事があっててんてこ舞いで、なんと明日からまた出かけなければいけないのだという。しかも車で5時間かかる場所まで移動しないといけない。

「じゃあ今日が最後じゃん!」

「そうだ、最後なんだ、来てくれてありがとうね」

 サイモンは実にあっさりしている。そういうところがいい、この人は。対してエドゥアルドはとても人懐こい青年で、全身にタトゥーがいっぱい入っているけど根はとてもオタクで、日本のアニメのことを色々と聞いてきた。聖闘士星矢の主題歌を日本語で歌ってくれたりした。僕は世代じゃないんだよ、それ、と言うとびっくりしていた。彼の方が年下だけど、日本のアニメは少し遅れてやってくるから、世代にズレが出るのだ。でもポケモンは見事に話があって、ずいぶん盛り上がった。エドゥアルドがやっていたポケモンの手持ちのそれぞれのポケモンの日本名を言ってあげたら大興奮。またドラゴンボールも好きなようで、それぞれのキャラクターの名前の由来を言ったら笑い転げていた。フリーザなんて、あれただの冷蔵庫だよ、と言ったらオーノー、と言って他のも全部聞かせてくれ、とカメラを回し始めた。

 僕だってブラジルの文化多少は知ってるぜ、と、唯一全部歌えるボサノヴァの曲を歌ったら、喜んでいた。ジャグリングやサーカスについての話でもかなりウマが合って、意気投合。結局、昼過ぎに家に着いてから、サイモン、エドゥアルドと三人でずいぶん真剣な話もしながらあっという間に7時になった。もっと話したいし、仲良くなりたいけど、エドゥアルドもサイモンも明日の朝には出て行ってしまう。残念だ。

 ワークショップをするために、近所のトラピーズスクール(空中ブランコスクール)へ。倉庫を改装したところで、床面積はそれほどでもないが、天井は高い。合計で10人ほどが集まってくれた。90分やることになって、これ、長いんじゃないかと思ったけど、なんのことはない、気がついたら80分経っていて、予定した内容を全部できなかったくらいだった。

 終わった後僕はX でこんなふうにつぶやいていた。

※※※

 90分のWSで実際にジャグリングするのはちょこっとで、70分間ぐらい喋り続けていて、「なんだこれは!?」って思われたと思うんだけど、なんとなく、この、「必要であれば型から遠慮なく少しずつずらしていく」というのも実践の一つで、僕の「ジャグリングと人生」ってテーマに大きくかぶっている。

「教える」んじゃなく「内発的にじっくり変わるのを待つ」ことが一番好き。このWSも10年後ぐらいに参加者が「そういや変な日本人来て『一生付き合うことになる身体、これが感じる気持ちよさは君の大事なコンパスになるのだ!』とか言ってたな」って思い出したら、成功。つまりまだ成否はわかんない。

ワークショップをすること、これもすごく楽しいなぁ。僕はワークショップも、自分のパフォーマンスだと思ってるね。冒頭に言ったんだ、「僕は何かを教えるためにここにいるんじゃないんです、ただこういうジャグラーが、こういう人間が、世界にいるんだ、ってただ知って欲しい、それだけです」って。

実際それは、僕が数々のワークショップを受けることで感じたおよそ唯一のことだからだ。ワークショップで具体的な何かを学べてよかった、と思ったこと、ほとんどない。ほぼ忘れてる。でも、こんな考え方する人いるんだ、こんなふうに素敵に笑う人がいるんだ、みたいな、講師の印象は大体記憶にある。

「明確に学びがあった」と感じられても、それはまだ入り口だ。ていうか大事なことじゃなかったりする。学びってのは一生ずーっとやらねばならず、それに必要なのは、燃料なんだ。知識じゃなくて。「なんか知らんがコイツすげえ燃えてる!俺も燃やしたい!」というきもち。あとは身体が続きを知ってる。

これからは、事前に「このワークショップはとにかく講師が話をしまくるので、トークショーなのだと思ってお越しください」って書いた方がいいな(笑)。その方が僕にとってより自然でいられる。マジな話。

あえて何も用意しないで、「何も用意してきてない講師から何が学べるか」っていうワークショップもなんか面白そう(笑)

啓蒙しようみたいな気がお互いさらさらないときの方がちゃんと対話ってできるし…

まなびってのはとにかく闘志さえたぎってたら「起きちゃう」ものだからね。

※※※

 帰ったらサイモンに最後の感謝を伝えて、寝た。■