2025年12月19日(金)

 朝、紙Twitterを印刷しにいく。インターネットとは違う速度が持ちたいんじゃ、というわけで始めたメディアである。しばらくストップしていた。でも、また始めた。それは、本を売るイベントの「本は港」で、これを楽しみにしている、という男性と出会ったのがきっかけだ。彼は、去年僕がこういうようなことをしているのをみて、そうか、これでいいんだ、と思って自分でもZINEを作り始めたらしい。いつも、僕は自分の作るものが誰かに届いているという感覚を全然持てずにいるから、具体的に刺激を受けたことを伝えてくれる人がいると、とても勇気づけられる。時々そういうことがある。ネット上でも時々そうやってメッセージをもらって、嬉しくなる。作るにはいつでも燃料が必要。

 僕自身は、あまり、自分の中にあるエネルギーで前に進めるタイプの人間ではないなと思う。何か作品を作る、その時の材料ということにしてもそう。コラージュしかできない。でも僕はそういう自分をはっきりと認めた方がいいもの作るような気がしている。下手に、自分なりのものを、と意気込まなくていい。ただ、他の人の作品の空気感とか、その核心はどんどん盗んだらいいともおう。逆に、自分一人で何か面白いもの作れると思っていることの方がおごりなんだよ。だからこの文章も、ある人の日記を読んで、よし、こういう感じで書いてみよう、と思って、文が持っている空気感みたいなものを感じたまま、それを再現するように作っている。こういうことはあんまり種明かしするものでもないのかもしれないけど、いや、むしろ積極的にしていきたいと思う。それは、他人のためじゃなくて、自分のために、である。自分がどういうふうにしてものを作っているのか、ということを知りたい。日記は、自分が知らない自分のことを自分に知らせるためのメディアである。

 さて、紙Twitterだけど、やっぱりこれは、少し時間がかかっても、続けるべきだなと思った。紙Twitter以外にも、僕がやっているすべての活動は、ちゃんとスキップしないで全部少しずつでいいからやらないといけないな、と思った。僕の場合、性格上チャネルをたくさん持っていないと退屈で死にそうになる。同じことに集中していると脳みそがアラートを発しだす。何なんだろうねこれは? そういう体質としか言いようがない。僕の場合、一個のことに集中している、という状況の方が、無理してることになる。だから、形だけでもいいから、俺は毎日10個も20個も、いろんなことを同時並行でやれている、と感じられる仕組みが必要になってくる。うまくマネジメントしないとそれは叶わない。寂しがり屋だから、適度に人とも関わってないといかんし。

 で、そのためには、やり方をセットしてしまうしかない。朝何時に起きて、これやってあれやって、と日課を設定するしかない。定期的な活動として恒常的に続けるのがいい。健康のためにやってかにゃだよ。

 オブジェクトシアターの作品を作りたいとも思っている。実は、あまり大きい声では言えないんだけど、明日が締め切りのはずのパペットスラムに提出しようと思っていた作品、ほとんど手をつけていない。でも、なんかうまくいくんじゃないかと希望だけ無駄に持っている。チェコとかNYとか行きたいし。

 ここで、僕は「なんか行けるんじゃないか」って本気で思っているところがミソなんだな。ノー天気なのだ。で、それで僕はいくしかない。だから、やらなきゃーっていつも何かに緊張しているのは苦しいんだけど、ま、それで少しはいいことも起こるから、プラマイちょっとプラ、ということで。