キスとジャグリング – 『If You Are a Juggler…』書評

2021/08/03 加筆修正。
2018/06/25 記事公開

キスとジャグリング、と聞いてあなたは何を思い浮べますか?今回は、ソ連の伝説的ジャグラー、アレクサンダー・キスの書いた本 『If You Are a Juggler…』 の書評です。

2018年の2月に出たばかりの本なのにもうボロボロにしてしまった

アレクサンダー・キスの本。

アレクサンダー・キスをご存知でしょうか。筆者は正直なところ、あまりよく知らなかった。この本に出会って、キスのことを詳しく知ることができました。そしてこの本では、キスだけではなく、その他の伝説的ジャグラーたちの姿も描かれています。

アレクサンダー・キス(1921-1990)は、旧ソ連を代表するジャグラーの一人。サーカスアーティストであったチェコ系の父と、イタリア系の母(ロシア初期の近代サーカスを支えたガエターノ・チニゼッリの娘)の間に生まれます。1939年から妹のヴィオレッタと共にサーカスでのキャリアを開始し、特に1960、70年代に活躍。キスは、こんなジャグラー。(下動画参照)

クラブが飛び出す「ぱきゅん!」という音が愉快。あと、折に触れて、トリ頭に意味もなくクローズアップするのがたまらない。

『If You Are a Juggler…』はアレクサンダー・キス自身による回想録。オリジナル版は1971年にロシア語で出版されました。47年経った今、ジャグラー、ニルス・ダンカーの手によって英語に翻訳されました。具体的な内容は、キスが知る伝説のジャグラーたちの逸話、そして彼自身のジャグリングへの考え方などです。

昔のジャグラーのこと

昔のジャグラーたちについて記載されているのは「彼はこういうショーをしていた」といった程度の、プロフィール的な紹介だけではありません。練習の様子などを通して、ひとりの人間としての、個性ある一面も紹介されています。例として「エンリコ・ラステッリ(イタリアの伝説的ジャグラー)は練習の時、ボールを拾わせるための子供を2人連れていた」(p.77)「エンリコは、自身の結婚式の最中、会場を抜け出してジャグリングをしに行ってしまった」(p.26)などの記述があります。昔の人の話を通りいっぺん読んだって退屈なんじゃないの、と思っていたものの、この本にある記述は実に面白い。ちなみにキスの父親は、ラステッリと共にリハーサルをしたこともあったようです。

キス自身の考え

第一線でサーカスパフォーマーとして活躍していたキスのジャグリングに対する考えは、今も通用する言葉で書かれてあります。「技を見せる準備が整ったかどうかを判断するのは、簡単だ。100回連続で、自信を持って投げられるかどうか確かめればいい。それ以上できるようになっても、余計なエネルギーを使うだけである。しかし、ある数をマスターしていないのに、それよりも多い数の道具に挑戦するのは、もっとだめだ(p.79)「扱う道具の数によってジャグラーの演技の良し悪しが判断されている節がある。しかし5個、6個の物体で技を行うのは、8枚のリングをただ投げるよりも難しい。(中略)量より質、である」

これはしかし、ナンバーズジャグリングも得意だった、すなわち「量」も兼ね備えたキスならではの言葉。そして、ジャグリングの、今風に言う「パクリ」の問題についても、熱く語ります。

「若いアーティストが仲間の技を盗んでいるのを見かける。それは仲間だけではなく観客にも悪いことである。そして技を最初に作った人間は、他と同じようなものを人に見せなければいけなくなる、という被害を被る(p.85-6)」

サーカスはアートである。工場の生産ラインではない。アートは、オリジナリティと、ユニーク性で価値を測られるべきだ(p.87)」

昔のジャグラーについて、どうしても、「みんな同じようなことをしていた」と無意識に思ってしまっている節がありました。しかしそれはとんだ誤解だったと気付かされました。今も昔も、「少しでも人と違うことを」という努力をしている人たちがいます。少なくともキスは「とにかく研究して、果敢に挑んで、実験をしなければ!(p.87)」と意気込んでいたんですね。

さて、本筋とはあまり関係がないのですが、気になったところ。「保証がなく将来が見えない資本主義の国では、他人のアイデアを使ってしまうのも仕方がないかもしれない。(p.86)」これには、時代を感じました。この後「我が国では探求をする環境がきちんと整っている…」と続きます。しかしソ連の社会主義体制がとうに崩壊した今でも、生きるためのお金を稼がねばならない中で、他人のアイデアを拝借したくなってしまうジャグラー、という文脈で読めば、決して現代と無関係な話ではありません。

本の入手について

この本は、今の所いくつかのジャグリングショップ(海外)のサイトや、大手では、アメリカのアマゾンで販売されています。翻訳者、ニルス・ダンカーのサイト(下記参照)でもチェックできます(購入リンク先はアマゾンでした)。ジャグリングに関しては、現在手に入る本格的な文献の多くが英語やフランス語です。日本語で、ジャグリング全般や、昔のジャグラーについて書かれた文献を読める媒体は、実に少ない。それでも、英語に翻訳されているのは非常にありがたいことです。僕自身、ロシア語は(長らく習得したいとは思っていますが)読めません。翻訳者のニルスには、大感謝。

もっと日本語のジャグリングの本も、あってもいいよなぁ。

文 = 青木 直哉

参考

ALEXANDER KISS – A SOVIET JUGGLING ICON by David cain

Amazon.com 『If You Are a Juggler…』 (Kindle版もあり)

Special Thanks to Niels Duinker

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