日記

  • 5月15日(水)

     朝6時半ごろに少しだけ開けておいた部屋のドアがぐっと開いて、サイモンが入ってきた。「タオル取りに来たんだ、今回来てくれてありがとな、うん」そういって寝転がっている僕に握手してきた。僕はグッと起き上がって、こちらこそありがとう、と言いながらサイモンを抱きしめた。今起きていけばエドゥアルドにも最後の挨拶ができるなぁ、と思いながら、そのまま再び眠った。カタリーナがゴソゴソと仕事に行く音も聞こえた。

     次に目を覚ましたときは午前9時だった。リビングに行って、ベランダで寝ている猫のスモーキーが見えたから、撫でに行く。窓を開けた時にだけピクッと反応してこちらを見そうなそぶりを見せるが、すぐにまた寝る。近づいて撫でる。今日は街に出てみよう。

     ……と、決意したはいいものの、まずは仕事を終わらせたいなと思った。今月提出すべきノルマになっている翻訳をゆっくりとやる。オーストラリアにいても普段となんら変わりのない状況で仕事ができる。翻訳を一本余らせてさっさと家を出てもよかったんだけど、なんとなく、全部終わらせてスッキリしてしまいたい気分だったので3本まとめてやる。ただやるのではつまらないので、昨日の夕飯の残りのサイモンが作ってくれた豆腐丼を食べ、ビールを飲みながら仕事をした。

     終わったのは午後2時ごろだった。予定通り全てが終わったので心地よい。スッキリした気分で家を出る。こちらの季節は、秋が終わりかけてこれから冬になる、というところで、日も短い。2時を過ぎたあたりで、夕方に近い日の当たり方になっている。でも、仕事が終わっている、と思うと気分は晴れやか、足取りも軽い。とりあえず最寄りのセント・ピーターズ駅から電車に乗って、カタリーナがおすすめしてくれたサーキュラー・キーという、フェリーの発着所に行くことにする。家がシドニー・パークという公園の目の前で、せっかくなので少し遠回りをして公園の中を通っていく。街の名前を関するだけあってとても広く、大きい公園だった。犬を連れて散歩する人たちの姿が多い。日本に比べて、大きい犬が多い。

     公園を出て左手に歩き、郵便局へ。もう何通か手紙を出しておきたくて、切手を買い足す。受付してくれたのは中華系のお姉さんだった。「国際便? 3ドルのやつかしら」と言って3ドルのものを出そうとするので、多分3ドル10セントのやつだと思います、と伝えると、奥からもう1人中華系のおじさんが出てきて、お姉さんに少し説明をした後、僕が見慣れた、ワラビーの載っている切手が出てきた。

     駅に歩いて到着、プラットフォームへ。シドニーでは、クレジットカードをタッチすることで電車に乗れる。電車だけではなくて他の公共交通機関にも乗れる。便利である。 

     15分ほどでサーキュラー・キーの駅に到着。パッと目を上げて窓を見たら、あの、有名なオペラハウスが目の前にあった。白いお皿を食洗機にたくさん重ねたみたいなあの形の建物。そうか、本当にあるのかぁ、と思って、同時に、思っていたよりもずっと綺麗だなぁと思った。そして左手にはハーバー・ブリッジ。ちょっと無骨な形の、大きな橋。この港から、各地へフェリーが出ている。僕は、サイモンと、それから日本の友人がおすすめしてくれたマンリー・ビーチに行ってみることにした。地図で見るとずいぶん遠いようにも見えるけど、大丈夫だろうか。フェリー乗り場は駅の目の前。エルサムにいた時に、サイモンのお母さんジュリーは「シドニーでは普通に交通手段としてフェリーがあるのよ、乗りなさい」ときっぱり言っていた。確かに、フェリーに乗る時、電車と同じように簡単な改札があるだけで、カードをタッチしたらすぐにフェリーに乗れた。第3埠頭からマンリービーチ行き直行便に乗る。一度に100人ほどが乗っているだろうか。やはりみんな外の席に座りたがる。中に座る人もいるけど、みんな地元の人のようで、座ってすぐにパソコンを開いたり、のんびり家族でお菓子を食べていたりする。

     出発時刻になって、ゴゴゴゴゴ、と音を立ててエンジンが起動し、ゆっくりと船が動き出す。そして1分もするとすぐにとても速い速度になる。

     30分弱でマンリー・ビーチ駅に到着した。降りてもすぐにビーチがあるわけではなくて、少し歩かないといけない。フェリーを降りてすぐのところにあるグズマン・イ・ゴメスというタコスのチェーン店で一番やすいタコスを買う。それを持ってビーチへと歩く。遊歩道のところの両脇にたくさん、観光地らしい店がある。お土産を売っていたり、水着を売っていたり、ファストフードを売っていたり。少し歩いたら浜が見えてきた。

     浜がパッと目の前一面に広がる。確かに綺麗だ。カモメがたくさんいて、サーファーもいくらかいて、アジア系と白人の観光客が同数ぐらいいる。僕は手に持っていたタコスを、堤防の部分に座って手早く食べてから(目の前でサーフィンを終えたお兄ちゃんが着替えていた)それから浜に降りた。白い砂の上をスニーカーで歩く。僕はこの旅の最中、ずっとこのスニーカーを履いているなぁ。去年京都に行った時に、ワークマンで2900円で買った靴。そして波打ち際に立つ。じーっと遠くを眺める。綺麗だ。とても綺麗だな、と思った。そして、でも僕は由比ヶ浜の方が好きだなと思った。由比ヶ浜は、綺麗とは言い難い。でも、僕は由比ヶ浜が好きだな、と思った。

     20分ほど浜で過ごしてから、すぐにまたフェリー乗り場に戻って帰りの便に乗った。帰りは中の席に座った。

     もうとっぷり日も暮れている。一応、ここから歩いていけそうな距離にある美術館はまだ開いているが、もうこれぐらいでいいかな、と思って、電車に乗ってまたセント・ピーターズに帰った。

     さて、今日はまだ続くのだ。昨日僕がワークショップをしたところで、ジャグリングの練習会がある。なので、一度家に帰って道具を取ってから(こういうのを持ち歩くのは使れるので置いてきた)再び会場に向かう。事前に調べておいたところまで歩くつもりで家を出る。昨日サイモンは「歩いても行ける距離なんだけど車で行こう」と言って車に乗ったと思うんだけど、どうもGoogleマップで調べると、45分、とある。おかしいな、と思ったものの、ちょっとショートカットするつもりで、電車に乗って、それから歩くことにした。なんだか遠回りをしているようだけど、疲れているのでしょうがない。

     そして調べたところについたのだが、やっぱりおかしい。サッカー場のようなフィールドの隣にある、空中ブランコの野外練習場に着いてしまった。なんだか悪い予感がするなぁ、とは思っていたけど、やっぱり予感は当たっていた。ここではなかった。それでもう一度よくよく調べてみたら、どうりで、やはり家から歩いて15分ほどのところにある倉庫が会場であった。間違えて来てしまったこの場所からも歩けるが、25分かかる。

     しょうがないので歩いた。なんだかやるせない気分になったけど、でも歩いた。着いた頃には夜8時になっていた。そのまま、ぬるりと活動に参加して、9時には解散した。参加者は10人ほどいて、ひとりだけ、AJCで会ったジュリアンがすでに顔見知りだったけど、あとは知らない人だった。

     このあとパブに行くかい、とジュリアンに言われたが、もう疲れていたから家に帰ることにした。同じ方向に帰るというパメラという女性と一緒に歩いて帰った。■

今週の「投げないふたり」

PONTEは「旅とことばとジャグリング」をテーマに活動しています。

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