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週刊PONTE vol.100 2020/10/12

=== PONTE Weekly ==========
週刊PONTE vol.100 2020/10/12
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PONTEは、ジャグリングについて考えるための居場所です。
週刊PONTEでは、人とジャグリングとのかかわりを読むことができます。
毎週月曜日、jugglingponte.comが発行しています。
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◆Contents◆

・今回のテーマについて

・青木直哉…ジャグリングがつなげるもの Weekly 第85回「PONTEのわけ」

・板津大吾…一人でいる瞬間

・きんまめ…デビステのてんぷら 65本目 「フランスパンと輪廻転生」(メルマガ第59回)

・ハードパンチャーしんのすけ…熊野のおじさん

・にしのじゅんじ…わたしの旅

・かいしゅー…旅行における丸い相棒、の話

・Fuji…フジづくり 第100回「フジづくり」

・青木直哉/Fuji…ジャグリングがつなげた旅路

・寄稿募集のお知らせ

・編集後記

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◆今回のテーマについて◆

今号は第100号です。
いつもより多くの人に原稿を依頼し、同じテーマで書いてもらいました。
テーマは「ジャグリングの旅エピソード」。
どうぞお楽しみください。

◆ジャグリングがつなげるもの Weekly◆ 文・青木直哉
第85回「PONTEのわけ」

改めて、じゃあ、お前「ジャグリングの旅エピソード」書けよ、と言われたら僕は何を書くでしょう。
頭の中を覗いてみます。
やはり、ヨーロッパの風景が思い浮かびます。
初めて心から憧れた旅先がヨーロッパだったからでしょう。

この話は随所でしていますが、高校生のころ、海外旅行、それもヨーロッパのジャグリングフェスティバルにひとりで行くだなんて、井上真央と結婚するぐらい、「論理的に可能だけど実際には不可能なこと」だと思っていました。
(でも今思うと、井上真央さんは同じ横浜市出身だし、もっと言えばかなり近所に住んでいたみたいなので、相対的に可能性の高い事象ではあったのですが)

だから2011年に、初めてイタリアで「本場の」ジャグリングのフェスティバルを体験した時、僕はまさに井上真央と結婚しちゃったような気分でした。

夢だったことを実現した、という気分があったので、それから数年間はヨーロッパに取り憑かれて、かなりそれを「軸」みたいにして旅のことを考えていました。
あれこそがジャグリングの旅の醍醐味だ、と熱に浮かされていました。

実はその思いが、PONTEを作ったものでした。

僕は、そんな「夢がかなった」話をする場所を欲していたのです。
フェスティバルに行ってきて、こんなにも興奮したんだ、こんなことがあって、そこではこんなふうに感じたんだ、と、話したくてしょうがなかった。
でも、そういう「場所」は、特になかった。
だからそれを自分で作ったのでした。

「ジェイ・ギリガンで卒論を書いて、そういう論考を続けたかったから」とPONTE創刊の理由を語ることもあるのですが、違います。
いや、違いはしませんが、本当は、海外の旅に出てこんなジャグリングを見てきた、こんなジャグラーと仲良くなってきた、という話をみんなにしたかっただけなんです。
その流れが、今もメルマガという形で続いています。
もちろん、現在は、ただ闇雲に話をしたいだけではありませんから、(そんなに潤沢なネタもないし)表面に出てくる形は違うのですが。
でもそう思えば、「旅とジャグリングの雑誌:PONTE」と、いつの間にか副題が変わっているわけですけども、それは正しかったんだと思います。
頭の中にある旅を再現するのに「書く」ことを選んだので、最初は「書くジャグリングの雑誌」だ、と思っていましたが、(別にそれはそれで正しかったです)結局、それはおおもとに「旅」を抱えたものでした。

最近は海外に出られていないので、別の形で「旅」を見出しているようなところもあるし、多面的な捉え方でそれを展開しているのですが、まぁ、やっぱり、PONTEを続ける一番の活力の源泉は、20歳前後の頃に、ヨーロッパで自分の心身に起こった変化であるのだ、と今でも思います。

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☆勝手にPM Jugglingを紹介するコーナー☆
【Weekly PM】#34:ボールを染める / 革のよさ
hthttps://pmjuggling.com/blogs/journal/20201009

「こんなにぎゅーっと凝縮されたジャグリングのボールとか、ないよなあと思いました。」
(記事本文より)

軽薄なジャグリングボール、荘厳なジャグリングボール、静謐なジャグリングボール、妖艶なジャグリングボール…。
主観的な形容詞を起点にしてジャグリングボールのことを考えると、なんか楽しいですね。
あなたは、「妖艶なジャグリングボール」を想像できますか?
でも、判断がある程度客観的な形容詞もいいね。
複雑なジャグリングボール、頑丈なジャグリングボール、精密なジャグリングボール…。
一体どんなジャグリングボールだろう。

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◆一人でいる瞬間◆ 文・板津大吾

ジャグリングの旅エピソード。うーん、正直、あんまり印象的な、面白いエピソードが思い浮かびません… 別に斜に構えているわけじゃなくて、これは実際、思い出を伝えるのにいつも不便です。せっかくなので、ここはあえて、それはどうしてかについて考えてみたいと思います(笑)

強いていえば、なんとなく旅の風景として思い出されるのが、ほとんどが自分が一人でいる状態である、ということが理由のような気がします。一人で街を歩いて、ものを見て、ぼんやりとその場所の空気を感じる。その記憶には、一緒に歩く人もいないし、旅先で触れ合う人もいない。そういう何でもないふわっとした情景が、強いていえば歩くことが(?)、僕にとっての旅の楽しみであるからかもしれません。

なので、例えば去年イギリスのEJCで出店をして、ジャグリング道具を青木くんふじくんと並んで売ったことなんかは、ジャグリングの体験としてとてもとても大きくて、そして旅のなかの興奮度はあの瞬間が一番高くて、そのことについてジャグリング的な気づきを書くこともできるのだけれど、それよりもふと自分のなかで思い出されるのは、なぜだか、テントから一人でシャワールーム(というかトイレ)へ、ビニール袋にシャツとパンツと石鹸を入れて、サンダルをペタペタしながら、いろんなテントを横目にぼーっと歩いた、そんななんでもない瞬間だったりします。

あるいはEJCのあとに一人で立ち寄ったデンマークで、一日中街を歩き回り、夕方、世界3大がっかり名所のひとつとも言われる人魚像を見終わり、ホテルに向かって芝生の上を歩いている瞬間、とか。これもエピソードではないですね(笑)僕以外の人がこれを聞いても、あー、あの瞬間ね! とはならないし、おもしろいね! ともならないだろう。僕自身、あの瞬間に何かを感じていたかと言われたら、なんとも言葉にできない。月並みかもしれないけれど、そういう自分固有の、言葉で表現できない瞬間を感じることが、旅の醍醐味なのかもしれませんね。

うん、でもだからこそ、青木くんの旅のエッセイを読むのが、楽しいのかもしれないな。あー、こういう風に、旅のふわっとした空気を言語化できるんだ! というか。「ジャグラーがジャグリングをしていないときの話」というのが青木くんが書いていることのひとつのテーマだと思っていて、僕もそのことをとても大事に思っているけれど、全然、言葉にはできません。

ちょっと話がずれた気もしますが、すくなくともジャグリングという要素は、旅を面白くしてくれるなと思います。そもそもジャグリング以外のことで出かける、ということが少なくなってしまった。ジャグリングが旅のきっかけを与えてくれて、イベントなどに参加し、イベント後に、ジャグリングのことを考えながら一人で街を歩く、その瞬間が僕はとても好きです。

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-編集長コメント-
久々にPM Jugglingのだいごさんにもご登場いただきました。
テーマを提示してからものの数時間で原稿が返ってきて爽快でした。ラリーが早いっていいですね。
お話も、期待通りのものを持ってきてもらえました。テーマって、「問い」なんです。

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◆デビステのてんぷら◆ 文・きんまめ
65本目 「フランスパンと輪廻転生」(メルマガ第59回)

国内線の機内持ち込みの手荷物検査で「お客様こちらなんですが」と声をかけられた時、私は1本のフランスパンを持っていた。巻き尺で長さが測られ、規定を超えるので手荷物として持ち込めないと職員さんが申し訳ない顔で言う。

昔おんなじようにデビルスティックが引っかかったなぁと懐かしく思い出した。10年以上前、大学1年生だった私は夏休みにサークルの同期らとともに免許合宿へ、東京から新幹線で向かったのは山形県庄内町。当然目的は自動車免許の取得なのだが、夏休みが終わればもう学園祭なので、ジャグリング強化合宿的な意味合いも強かった。チームを組んだ先輩から課せられたクラブパッシングの宿題や、右手でできたレビテーションを早速左手で練習したりして、教習の空き時間はジャグリング三昧だった。

晩夏のしぶとい日差し。広がる田園風景。練習場所はアスファルト。キズつく道具。他の教習生の好機の目。上達するジャグリングスキル。対して、上達しないドライビングスキル。「お前あんな曲芸できんのになーんで車の運転できねぇんだよ」という教官の嘆き。キズつく私。交差点のど真ん中で連続エンストするトヨタのコンフォート。焦る私。繋らないクラッチ。キレる教官。……。
自主的に旅もしないしジャグリングの火も絶えた今となっては、これが数少ない旅とジャグリングの記憶である(GoToトラベル的にも免許合宿はれっきとした旅)。エンストも、エンジンをストールさせたと考えればとってもジャグリー。

さて、山形への移動は新幹線だったし、当然教習で乗るのは普通自動車であってボーイング747ではない。本来ならば手荷物検査でデビステが引っかかるなんてことは起こり得なかったのだが、教習過程が折り返した頃に母からメールが届いた。大阪の祖父が危篤だと。東京ならまだしも、まさか山形にいる時にそんなことになるとは。慌てて山形の庄内空港から大阪国際空港まで飛ぶことに。その時に、長いものは手荷物検査で引っかかるということを学んだのだ。ちなみに私が上空10000mで大阪に向かっている最中に祖父は息を引き取ったのだが、もし死後の世界が雲よりも上にあるならば、最後に祖父の最も近くにいたのは私だったはずである。

そう。センタースティックが突如折れるように、訃報は突然やって来るのだ。

今年のゴールデンウィーク、母方の祖父も亡くなった。今度は神戸から群馬まで新幹線で駆けつけ、通夜と葬儀で一泊して神戸の自宅にとんぼ返りしたのが夜8時。一息ついて喪服を着替えたりしていると、嫁から「陣痛がきてるかもしれない」という報告。死も突然なら、生も突然なのである。
緊急事態宣言の中、予定日より少し早く生まれてきたせっかちな娘は、最近寝返りができるようになった。それを見て「よし、次は反対側への寝返りの練習だな」と自然に思ったのは、私の中にまだジャグリングの火が残っているからだろうか。

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きんまめ:ジャグリングサークルジャグてっく元部長。くらいしか経歴がない。デビルスティックをやっていました。冒頭のフランスパンはその場で真っ二つに折ったら検査通過しました。パンは泣いたのか、心なしかしっとりしていました。好きなジャグラーは特にいません。
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-編集長コメント-
きんまめワールドが復!活!
お忙しいだろうけど、100回記念で書いてもらえるかな、と思って聞いてみたら、快諾してもらえたのでとても嬉しかった。
この読み物には幅広いファンがいて、歓喜の(笑い)声が聞こえてくるようです。
ていうか、なんなんだ、この鮮やかな話の流れは。ちょっと感動しちゃいました。
ちなみに、デビルスティックはその後どうやって通過したのかが気になっています。
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◆熊野のおじさん◆ 文・ハードパンチャーしんのすけ

旅の何が好きかというと、何気ないことだ。
旅行と言うと、どうにも身構えてしまう。旅って飾らなくて、何気ないことが強く心に刻まれたりする。

2001年夏。
JJFが名古屋で開催された。そう、あの頃、JJFは夏に開催されていたのだ。多くのひとが休みで参加し易いだろう、みたいな理由だった気がする。
JJFを経由して、ぼくは熊野市に向かう。
熊野市は、紀伊半島の先っぽにある。特急という名目になっているけれど、それほどスピードを出すわけではない電車に乗って、名古屋から3時間ほどかかる。現在、名古屋-東京が新幹線でおおよそ1時間半であることを考えると、とても長い。
ぼくの大好きな車内販売もなく、揺れる車内でただただ移りゆく景色を眺める。程なくして都市の景色は消え、郊外の姿が流れ、やがて自然豊かな風景が淡々と続く。時折見える海、リアス式海岸の岩が特徴的な光景にはじめは高揚するも、やがて見慣れたものになって行く。
飽き飽きとした気持ちを幾度も抱きつつ、ようやっと熊野市駅にたどり着いた。両親から「熊野は陸の孤島」と聞いていたけれど、その呼び名に偽りがないのだと実感できる長旅だった。
熊野は、父の故郷であり、幼い頃は夏休みに毎年のように訪れた。
この年の夏、ぼくは成人してから初めて熊野を訪れた。お盆の時期に合わせて、熊野に滞在していた家族と合流するためだ。
この熊野に、父の昔からの友人がいる。ひろひでおじさんだ。
ひろひでおじさんは、とにかく陽気なひとだ。駅で家族と合流したぼくは、ひろひでおじさんの家に向かう。そして、初めてひろひでおじさんと酒を交わす。
JJF帰りであったぼくは、道具も持っていたので、ジャグリングを披露することになった。披露する頃には、すっかり酔いがまわっていて、ジャグリングもふらふらだった気がするのだけれど、陽気な時間を過ごし、ひろひでおじさんの子供たちにジャグリングをちょろっと教えたりしながら、夜が更けて行く。
周りには、民家もなく、家に灯る灯り以外には闇が広がり、静寂の中に自分たちの声や虫の音だけが響く。
ひろひでおじさんとしこたま酔っ払いながら、二人でくだらないことを話した。芸者さんが女性器で筆を咥えて、習字をするんだよ…ふふふ、とかね。愉快そうに話してくれたし、実際愉快な夜だった。
どうやって寝たのか覚えてないけど、起きると朝がやってきていた。ひろひでおじさんは、朝から元気だ。ぼくはお酒が残って、重い頭を抱えつつ、ぼんやりしてる。あいさつもそこそこに、ひろひでおじさんの家を発つ。確か、昨夜使ったボールはそのままプレゼントしたように思う。

2020年夏。
祖母の一周忌があり、その時以来で熊野を訪れた。相変わらず長い長い鈍行のような特急に乗って。久しぶりに会ったひろひでおじさんも相変わらずで、陽気で愉快なひとであった。
「今も、あのようわからんのは、やってるんかい。」
ジャグリングをしたことを覚えていてくれたようだ。あの時のボールはどこに行っただろう。あの夜のひろひでおじさんとほとんど変わらない歳に、ぼくもなった。年月の流れを感じて不思議な気持ちになった。

またあの夜のようなジャグリングをしたいな、と思う。

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-編集長コメント-
「まだジャグリングやってるんだ!」と言われるときって、僕はとても嬉しいですね。

そういえばメルマガで、しんのすけさんの紹介をまともにしたことってあったっけ?
もししていなかったらごめんなさい。しんのすけさんは、日本のジャグリング黎明期からデビルスティックで活躍している方。
今ではカルチャーセンターでジャグリングを教えたり、大道芸を含むイベントを開催していたりし、まだまだ現役で精力的に「あのようわからんの」と関わっている方です。

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◆わたしの旅◆ 文・にしのじゅんじ

ジャグリングを始めたのは1998年で、初めてJJFに参加したのが2001年の名古屋でした。それ以来、ジャグリングにかける年間費用の大半はJJFの旅費だったと言っても過言はないでしょう。参加費を加えて20年分とすると、ベンツは無理でも中古車くらいは買えそうです。

遠方に出るというと仕事の出張かJJFのどちらかしかありませんでした。JJFに行く前も出不精だったので、旅らしい旅はしたことがありませんでした。家族の温泉旅行くらいでしょうか。

だから、わたしの旅はJJFなのです。

旅行とちがった「旅(たび)」にはいくつかの要素が必要だと思います。行き先、ひと、記憶。たびというとやはり知らないところに行かないと格好がつきません。JJFで行く地方は毎回新しい土地でした。(東京代々木はおいておいて)。そこでは懐かしい人との再会もあり、新しい人との出会いもあります。JJFで催される様々なイベントは毎回新しい記憶を刻みつけます。

中古車を買ってどこかに走っていく旅とはずいぶんと違うようで、でもその中身はわたしにとってとても楽しい旅路でした。

いつしか運営する側になって、JJFの会場で待ち構える側になって、多くの旅人を受け入れてきました。そうしてやってきた人々の土地を思いながらわたしの心はJJFとともに旅にまた出るのです。
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-編集長コメント-
にしのさんは、僕が確か二回目にJJFに参加した頃から交流があります。
その頃のお話をすると、にしのさんも覚えておられるので、人生わかんないもんだな、と思います。
JJFでは古参で、今でも運営に関わっていろいろと下支えをしておられます。
JJFってやっぱり地方開催が僕も好き。
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◆旅行における丸い相棒、の話◆ 文・かいしゅー

旅行へ行く時は必ずボールを持っていくようにしている。
僕は昔から一人旅が好きで、思いつきで日帰りや一泊二日の旅行をすることがある。温泉に入ろうだとか、綺麗な景色を見ようだとか、何か一つ「これをしよう」と決めて、後は現地で決める行き当たりばったりのやつだ。
一泊二日程度なら小さいリュックサックで事足りる。細かいことを気にしなければ、トートバッグやショルダーバッグでも良いかもしれない。絶対に必要なのは財布と替えの下着くらいだ。
ここ数年でその中にボールが追加された。なのでちょっと大きめのカバンが必要だ。どんな旅行の時も絶対にボールは持っていく。端的に言えばボールは、僕にとって旅における相棒なのである。
別に旅行先でジャグリングをガツガツ練習するわけでも、映える動画を撮ってSNSにあげるわけでも無い。車やバイクを好きな人が自分の愛機を「相棒」として色んな場所へ出かけるように、僕の旅行にはボールという相棒が隣にいる。
旅先で街をふらふら歩いている途中、「なんだか良いな」と思える場所を見つけることがある。ジャグリングの練習や、動画を撮るのに良さそうな場所だ。「良い場所を探す」のではなくて「歩いてる時にたまたま見つける」というのがポイントで、何故ならジャグリングのための旅では無いからである。
ボールが無かったらただ通り過ぎていたであろう場所が、自分にとって「なんか良さそうな場所」に変わるのがちょっと楽しい。ボールを持っていると少し自分の中の感覚が変わって「ここ良いな」という直感のようなものが働くようになる気がする。
別にジャグリング道具でなくても良いと思う。例えばカメラでも似たような感覚にはなるだろう。普段なら通り過ぎてしまうような道端の光景を「良い」と思って写真に収める、といった風に。それはカメラを持っているからこそできる事だし、持てば自然とそういう視点になると思う。
なんでも無いものを特別にできるその感覚がとても好きだ。だから僕はいつでもボールを持って行く。道具を持っていると起こる自分の感覚の変化が面白いのだ。可能だったら投げてみたり、動画に撮るのも良いかもしれない。ただ僕が好きなのはあくまで感覚の変化であって、実際ジャグリングがそこで出来るかだとか、良い動画が撮れるかだとかは二の次である。
人の旅行の話を読んだり聞いたりしていると、「自分もどこか旅行に行ってみたい」と思うだろう。そんな時は是非、荷物の中に自分の感覚を変えてくれる「相棒」を連れて行ってみて欲しい。自然の絶景や賑わう観光地だけでなく、「なんでも無いもの」も楽しめるようになればきっと、その旅はさらに楽しくなる。

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-編集長コメント-
かいしゅーさんは、若きコンタクトジャグラーです。
昨年のEJCにも参加しており、編集長とはそこから交流があります。
最近noteで毎週エッセイを連載されています。
それを読んでいたら、メルマガに寄稿してもらいたいなと思って、その結果が、今回の原稿です。
期待通りでした。これからもぜひ書いていただきたい。

https://note.com/w_kaishu
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◆フジづくり◆ 文・Fuji
第100回「フジづくり」

人は生きている限り、常に、何かをつくり出し続けている。

ものをつくる。ご飯をつくる。お風呂に入り、歯を磨いて清潔をつくる。通勤・通学で足腰の筋肉や体力をつくる。病気や怪我をつくる。食事・運動・睡眠で健康な身体をつくる。勉強して賢い脳をつくる。働いてお金をつくる。趣味をつくる。暇な時間をつくる。好きな人、嫌いな人、友達や家族など、人間関係をつくる。感情をつくる…。

つくり出し続けているからこそ生きている。その逆もしかり。

今は、自分が社会や周りから隔絶する存在になりつつあると感じてしまう。

そして、人と関わりたいという気持ちを失っている。ただ、関わりたくないわけでもない、関わることが怖くなった。同じような思いをする可能性があるなら、と避ける方を考えてしまう。
100の利益があっても、自分や他人が1の不利益をこうむる可能性があるなら、100の利益を捨てる性格だ。なんともネガティブな性格なんだと、つくづく思う。そのせいで様々なことが億劫になる。

ただ、少しでも人に何かを与える機会があった時、そのありがたみを身に染みて感じる。つくったもので喜んでもらえたり、些細なことでも役に立てた時など。過去のことでも、それが大変貴重なことであったと考えさせられる。
今までの当然が、当然で無くなったことを経験することはとてもつらいが、考えるだけでなく経験しないと得られないことは多かった。

今になって、ものを「つくる」ということが自分を構成する大きな存在であり、生きがいを感じられる一つであったのだと考えさせられる。大勢の前や誰かのためにパフォーマンスをしている時もその感覚だったのだと思う。そして、それらが自分と周りの人をつないでくれた。励ましや喜び、感動も与えてくれた。
そんな気持ちを「つくる」ことを通して、また感じてみたい。

最後に…

急で申し訳ありませんが、諸事情によりメルマガ投稿を今回で最後にさせていただくことにしました。

毎週欠かさず記事を投稿して、今回で100回目。病気の時も、海外に行っている時も止めずに100週間記事を書き続けていたことを今思えば、よくやっていたなと思います。ただ、あっという間でもありました。正直、心残りも感じています。

青木さんと共に「週間PONTE」のメルマガをスタートし、ものづくり好きの視点からいろいろな記事を投稿させてもらいました。自分の記事に面白みを感じた人はほとんどいないと思いますが、書く機会、それを読んでもらえる機会をいただけたことは、とてもありがたく貴重な経験となりました。

記念すべき100回目は、より大勢の方の協力でメルマガも賑やかになっている事と思います。これを機に、この場がより多くの人とつながれる、活気あふれる場になってくれることを願っています。

状況が変わって、また記事を書く機会が訪れることもあるかもしれませんが、引き続き「週間PONTE」を宜しくお願い致します。

読者の皆様、並びに青木編集長、
今までありがとうございました。

では、また。

by Fuji 2020.10.10

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-編集長コメント-
本当によく一緒に書いてきてくれたなあ、と思います。
2年近くやってきて、途中で引っ越して家がご近所になったり、イギリスでは一緒にものを売ったり、まぁいろいろありましたね。
また何か機会を見つけたら、書いてもらおう。ひとまず、おつかれさま。
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◆ジャグリングがつなげた旅路◆ 語り・青木直哉/Fuji 構成・青木直哉

青木:-ふじくんと一緒に行ったジャグリング旅行って何が最初だったっけ。

ふじ:EJC2017ですね。

-それまでほとんど交流なかったよね。

なかったですね。

-俺が2016年のEJCから帰ってきて、初めて色々話したんだったね。

そう、YDC(*1)の練習のあとにラーメン屋に行って、まさやん(*2)さんと3人でEJCの話をしてて。具体的な話を聞いてたら自然に行きたいな、って思ったんですよね。あとは、行き慣れてる人についていくんだったら行けそうだなとも思って。

-いきなり一ヶ月間、ケント(*3)と3人でヨーロッパ旅行。今考えればよく決断したよね。

ポーランド、ドイツ、マルタ島、イタリア、チェコに行きましたね。

-イタリアでバス停間違えてヴェネツィア行きのバス逃したりしたね…懐かしいな。初めてのヨーロッパはどうだった?

まぁ、全然違いましたね。何もかもが。

-あの規模の海外のジャグラーにも初めて会ったよね。

そうですね、でも自分は日本の大道芸から入ったので、もともとジャグラーには詳しくないから有名人とか見ても誰だか分からなくて。しかも青木さんがみんな仲良くしてるから、あんまりすごい人感がないというか…。

-そういう方がいいよ。

ああ、上手い人なんだなぁ、くらいの(笑)渡邉尚さんとかもそこで初めて会いましたね。あとは台湾人のジャグラーともそこで初めて接して、あ、こういう感じの人たちなんだな、とわかって。それで、次の台湾にも行きたいと思いましたね。

-なるほどね。知ってる人もいるから、ってなるしね。同じ年の12月に台湾行って、二人でパフォーマンスしたんだよね。なんか、巨大なロボットがエントランス前にあって、でっかく「塩」って書いてあるホテル泊まんなかったっけ。

泊まりましたね。なんか、琉球音楽が流れてましたね。

-そうだっけ(笑)あのフェスティバルよかったな。ショーも結構ウケたしね。そんなか!?ってぐらい。

ちょうど数日前に横濱ハッピーターンのその演技の動画観てたんですよ。すごいよかったなー、って思いましたね。楽しかったし、よくやったな、っていうか。

-行く直前、時間も練習場所もなくて、駅とか公園で寒い中震えながら練習したね。デパートの前でやってたら警備員に止められたしね。

2019年のEJCでは、ロンドン、エディンバラに行きましたね。

-エディンバラよかったね!フリンジでたくさんショー観られたし、町も綺麗だった。2017年と2019年のEJCどっちがよかった?

まぁ…半々、ですけど、共通して言えるのは、どっちでもジャグリングほとんどしてない。

-それは確かに。2019年はパフォーマンスもしてないから尚更ね。

基本ブースで物売ったり、あとは普通に見てまわったり。あの空間に入ると萎縮しちゃうっていうか、輪に入るほどの技術もないし、いや、技術は学びたいんですけど、ちょっと入りにくい感じが…。やってる時も一人で練習してましたね。

-でも一人でもあんま孤独を感じないのもいいところだよ。ジャグリングしてない人多いじゃん。っていうかもはや瞬間ジャグリング人口30%ぐらいだもんね。

…この前沖縄にみんなで飛行機に乗って行って思ったんですけど、当たり前なんだけど海外とは違うな、って思いましたね。若干の緊張感がある方が、より旅、って感じがする。

-それはねー、あるよねぇ。なんか、もちろん楽しいんだけど、思い返すことがあまりないんだよな。でも、海外で一人旅すると、やっぱり誰かに言いたくなるし、話もグッと書きやすい。ふじくん、一人旅はどう?

いやー、目的がないとなんか…。国内ですらしないですからね(笑)いろんなところに行ってみたい、っていう感覚はあることはありますけどね。でも逆に、きっかけがあったからこそ、海外に行けたっていうのはある。

-そういえばEJCの前、一緒に中国にも行ったけど、あれは俺にとってもちょっと冒険だったな。

ああ、自分は中国だけは一生で行くことないかな、って昔から思ってたんで。なのに行っちゃった。それこそジャグリングがつなげたものですよね。なかったら絶対行ってなかった。

-ジャグリングは偉大だよ。

ジャグリングが青木さんをつなげてくれましたし、その青木さんがジャグリングでいろんなところに行ってたから、自分も外の世界ともつながれたんですよ。

-…いいまとめになった。

(*1)YDC…横濱大道芸倶楽部。青木とふじくんが所属する地域の大道芸サークルです。青木は13年、ふじくんもかれこれ8,9年通っている。
(*2)まさやん…同じくYDCに所属する皿回しジャグラー。
(*3)ケント…同じくYDCのジャグラー。青木、ふじくん、ケントの3人で、「横濱ハッピーターン」というグループをやってます。

◆寄稿募集のお知らせ◆

週刊PONTEに載せる原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
編集長による査読を経たのち掲載。
掲載の場合は、宣伝したいことがあればしていただけます。
投稿・質問は mag@jugglingponte.com まで。
締め切りは、毎週金曜日の23:59です。

◆編集後記◆ 文・青木直哉

-いやぁ、もう特にいうこともないな。皆さん原稿をありがとう!今まで読んでくださった方も、本当にありがとう!そして、101号目以降も続きまーす。同じテーマで書いてもらうのも、いいね。

-そうそうそう、大道芸人の、ギリヤーク尼ヶ崎さん(90歳)を初めて生で見ました。横浜の大桟橋に来てくれたんです。ちょっとこんな老人見たことないぞ、という隙のなさと、好好爺な感じがどちらも際立っていて、凄まじかったです。もはや仏みたいでした。すげえ。

また来週。

PONTEを読んで、なにかが言いたくなったら、mag@jugglingponte.com へ。

<END OF THIS ISSUE>

発行者:青木直哉 (旅とジャグリングの雑誌:PONTE)

Mail info@jugglingponte.com

HP http://www.jugglingponte.com

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