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週刊PONTE vol.99 2020/10/05

=== PONTE Weekly ==========
週刊PONTE vol.99 2020/10/05
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PONTEは、ジャグリングについて考えるための居場所です。
週刊PONTEでは、人とジャグリングとのかかわりを読むことができます。
毎週月曜日、jugglingponte.comが発行しています。
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◆Contents◆

・青木直哉…ジャグリングがつなげるもの Weekly 第84回「汽笛とワインのラッパ飲み」

・Fuji…フジづくり 第99回「初めての沖縄」

・ハードパンチャーしんのすけ…日本ジャグリング記 黎明編 第26回

・寄稿募集のお知らせ

・編集後記

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◆ジャグリングがつなげるもの Weekly◆ 文・青木直哉
第84回「汽笛とワインのラッパ飲み」

キンモクセイの香りが好きで、窓を開けてふわっと(というより、もわっと)匂いが部屋に立ち込めると、よし、と原付で公園まで走っていって、それから外で仕事をしよう、という気分になることがある。
先日山下公園に行って船がボー、と汽笛をあげるのを見ながらぼんやりしていたら、ニクラスとここでワインを飲んだ日のことを思い出した。

ドイツ人のジャグラー、ニクラスくんと最初に出会ったのはたしか2015年のEJCだったかな。
たしか僕よりも3つか4つぐらい年下で、トーマス・ディーツと一緒に練習してる、という彼は、ナンバーズジャグリングがうまい。
一度彼が日本に来たので、地元・横浜の案内をした。
一緒にジャグリングの練習会に行ったり、夜の街並みを眺めたりして、とにかくずーっと、歩いた。
中華街を抜けて山下公園にたどり着いた時、ニクラスがどこかでお酒でも買って飲もう、と言い出した。いや、僕が言ったんだったかもしれない。
近くのスーパー「マルエツ」でビールとワインを買った。

公園ではスマートフォンで音楽を流しながら、一緒にジャグリングしたり、なんだかよくわからない踊りを踊ったりしながら、イイネェ、イイネェ〜とか言って、(唯一教えた日本語である)風に吹かれていた。
ニクラスはお酒に強い。一息つくたび、ワインのボトルを開けて、くい、くい、とボトルからラッパ飲みしていた。
僕もそれに倣って、ボトルを時々拾っては、ちょっとだけ、飲んでいた。
薄暗い街灯の下でふと遠くに目をやると、ボー、と、海に浮かぶ船から汽笛が鳴った…ならまぁそれなりに詩的な情景になったんだろうけど、そんなことはなく、ただ僕らはレゲエかなんか聴きながら酒を飲んでヘロヘロバク宙したりして、ベロベロ笑っていただけでした。
でも、そういうのって詩情はないけど、楽しいよね。

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☆勝手にPM Jugglingを紹介するコーナー☆
【Weekly PM】#33:ファンであること
https://pmjuggling.com/blogs/journal/20201003

「「僕自身がファンである」ということは、良いもの、新しいものをつくる上で大きな要素になっていると思います。」
(記事本文より)

「好きだ!」という気持ちって、何につけいいですね。
仕事でも、趣味でも、何かをするときにはやっぱり、ワクワクしなくっちゃあネ、って思います。

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◆フジづくり◆ 文・Fuji
第99回「初めての沖縄」

9月下旬に初めて沖縄に行きました。高校生の時に卒業旅行で高知に行ったのが、今までの一番南の県で、北は修学旅行の北海道。
今回、北海道以来の2度目の国内線。ここ数年で乗った国外線の方が遥かに多く乗っています。

ヨコハピのメンバー3人で一緒に向かい、先に現地入りしていたジャグラー仲間1人と合流して4人で2泊3日過ごしました。
レンタカーを借りて青木さん運転のもと、那覇を早々に出て中部へと向かいます。
借りた宿は美ら海水族館のすぐそばで、大スクリーン付きの一軒家でした。回転式やリクライニング式の巨大ソファーもあり、ものすごく居心地のいい空間でメンバー全員大興奮興。
二階は合宿の気分になりそうな畳張の部屋で、カードゲームもしました。
美ら海水族館では動画を結構撮り、ジンベエザメの迫力が一番印象的でした。

別日に沖縄に住んでいるひさしさん達に会いに行き、シュノーケリングをやりに海へ連れて行ってもらいました。
海はどこも透き通っていて、少し泳いだだけでも、足元には色鮮やかな魚が遊泳。自分はアクションカメラで海の中を撮りながら泳ぎ、底が見えないところまで来ると急に恐怖を感じます。
その後、沖の方に向かって6人で泳いでいたのですが、波が強くなっていき、岸の方に戻れずにどんどん流されていることに気が付きました。事前に買っておいた大きな浮き輪に6人がしがみつき、岸に向かって泳ぐのですが、全く進まず、どんどん流され、体力も消耗し、呼吸もしにくかったので、死を覚悟しました。ただ、経験者の知恵でひさしさん達が少しづつ横に移動してくれていたおかげで、なんとか波から脱出し、足の付くところまで帰還。あのときは本当にダメかと思いました。

ただ、次の日の朝も同じ体験をしました。2度経験して、死と隣り合わせの恐怖体験がむしろ癖になりました。

by Fuji

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◆日本ジャグリング記 黎明編◆ 文・ハードパンチャーしんのすけ
第26回

今まで「日本ジャグリング記 黎明編」では、現在のジャグリングに繋がるアマチュアジャグリングに注目してジャグリングを見てきました。これまでの文章は、個人的な体験に基づいてジャグリングを記録するということに主眼を置いているので、そうなるのは当然と言えば当然ではあるのですが。
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アクセスし易いジャグリングの情報(≒インターネット)は、おおよそ1998年からになります(たぶん)。この辺になると、ちらほらとジャグリングに興味を持った個人が情報を記録したり、発信したりすることで、アクセス出来る情報量が増え始めます。
そんな当時の貴重な情報源の一つに、安部保範さんが発行していた
「ジャグパル」http://www.chansuke.net/jugpal/
があります。1998年9月から始まり、2009年6月の第44号まで発行されました。
(安倍さん、今どうしているのだろうと思っていたのだけれど、ウェブサイトをみると「ジャグパル」は休刊しているものの、活動を続けている模様。安心した。)
当時の生の情報や声が載っていて、興味深いです。EJC参加レポートなんかも、第1号から数号に渡り掲載されています(青木くん向け情報。)

さて、「ジャグパル」を改めて見返してみると、今まで見てきたようなジャグリング――海外パフォーマーの流入やそれに伴う「ストリートパフォーマンス」としてのジャグリング、そして、数学経由のジャグリング―-とは異なる流れがあることに気付くかと思います。
それは、演芸の世界にあったジャグリングです。
そもそも、ジャグリングクラブが生まれる前、ジャグリングに取り組むひとがいなかったかというと、そんなことはなく。学生で言えば、ジャグリングは奇術部に属するものであったと聞きます。さらに、寄席などでも(太神楽ではなく)ジャグリングを芸とする芸人はいましたし、ジャグリングをするひとは以前から日本にもいたのです。
そんな中で、演芸の世界で名を馳せたひとの一人は、マサヒロ水野さんです。

…というところで、またまた字数が尽きました。毎度すみません。
マサヒロ水野さん、そして、協会設立については、また次回。

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◆寄稿募集のお知らせ◆

週刊PONTEに載せる原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
編集長による査読を経たのち掲載。
掲載の場合は、宣伝したいことがあればしていただけます。
投稿・質問は mag@jugglingponte.com まで。
締め切りは、毎週金曜日の23:59です。

◆編集後記◆ 文・青木直哉

-ジャグパルのEJCレポート、読みました。EJCがどういうものなのか全く想像がつかず、それでも行っていた、ということで、これよ、こういう旅の態度、いいんだよなぁ、と思いました。しんのすけさん、教えてくださってありがとうございます。そしてジャグパルを久々に読んでいたら、今見るととても面白い情報がこれでもかとワンサカ載っていて、なんか、気が引き締まりました。うむ、頑張る。
-海でどんどん流されたときは、あ、これ、死ぬかも、と僕も思いました。あれ、本当に怖いですね。怖いですよ。癖になるってすごいな。

また来週。

PONTEを読んで、なにかが言いたくなったら、mag@jugglingponte.com へ。

<END OF THIS ISSUE>

発行者:青木直哉 (旅とジャグリングの雑誌:PONTE)

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