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週刊PONTE vol.89 2020/07/27

=== PONTE Weekly ==========
週刊PONTE vol.89 2020/07/27
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PONTEは、ジャグリングについて考えるための居場所です。
週刊PONTEでは、人とジャグリングとのかかわりを読むことができます。
毎週月曜日、jugglingponte.comが発行しています。
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◆Contents◆

・青木直哉…ジャグリングがつなげるもの Weekly 第73回「A Study on Studying A Language」

・Fuji…第89回「自転車からのワイヤーアート」

・ハードパンチャーしんのすけ…日本ジャグリング記 黎明編 第16回

・寄稿募集のお知らせ

・編集後記

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◆ジャグリングがつなげるもの Weekly◆ 文・青木直哉
第73回「A Study on Studying A Language」

1000日間の投稿企画が終わったので(先週のメールマガジン参照)なんだか次のことがしたくてウズウズしている。

そこで僕は、英語を勉強したいと思っている。

英語できるんじゃないのかい、と言われそうなのだが、違うのである。
いまよりももうひとつ上の段階に行きたいのである。

英語に浸りたい。
そしてマスターしたい、と思っている。
しかし「マスター」といっても、TOEICテストで満点をとるというような数字でわかることではない。といって通訳士の資格を取ることでもないし、本を辞書なしで読めるようになることでもない。もちろん修行の結果としては可能になるだろうが、そういう具体的なことは単なるバロメーターとしてしか機能しなくて、常に北極星として頭上に掲げて目指したいのは「英語をよく知っている人」になるということ。

たしかに英語を使ったコミュニケーションができるが、それはあくまで「可能である」というレベルに留まる。だが語彙も限られ反応速度も遅いので、英語を話す自分がとても幼く感じられて窮屈なのである。僕なんかよりも断然英語がうまい人たちを見ても、なんだかやるせないのである。もちろん今までこういうことに気がつくタイミングは星の数ほどあったのだが、今回はいつもと違う、決意とともにその直感が顕れた感じがある。思い立つや否や、いきなりノートを用意した。題して「英語研究ノート」。

たとえば、英語のエッセイを読んだ時に、ある特定の言い回しがどういう意図で発せられたものなのか、英語の文脈からするとどういう意味合いのことなのか、そんな細かい裏のことまですぐさまわかるような、そんな人になりたい。フィンランドでサウナに入った時の感じを、自分の心情の揺れ動きに合わせて、洗練された語彙を使って英語の文脈の中で即座に表わせる人になりたい。

今まではずっと、「大まかに通じるれば大体OK!」という諦念で過ごしてきた。
でも、いつまでもそれじゃあね、進歩がないよなー、と思うのだ。
もっと英語を囲んで豊穣な経験ができるようになりたいと切に思う。
そして上記のようなことができるようになるということは、ただ知識が豊富だということではなくて、英語を使った試行錯誤を繰り返すほかないのだろう。
ジャグリングと一緒で、どれだけ理論がわかっていようと、上手い人というのは結局練習を誰よりもしている人なんである。
そして、僕は全然練習していない人なんである。

英語をもう一度「練習しよう」と、今まで15年間やってきたのとはまったく違う態度で向き合おうとしている。けど、ただ苦しいだけではなく、見返りもはっきりしていて、より解像度の高い話ができて、かつ相手の言っていることのニュアンスも今までよりも深く読み取れるようになったら、こんなに楽しいことはないだろうなと思う。
そしてあわよくば、英語以外の外国語でも、同じように「奥の方」を志向して勉強したいなと思っている。

1000daysofenglish、ということでもないんですが。

https://jugglingponte.com/wp-content/uploads/2020/07/astudyonstudyingalanguage-scaled.jpg
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☆先週のメールマガジン
https://jugglingponte.com/2020/07/27/ponte-weekly-vol88/ ‎

☆勝手にPM!
【Weekly PM】#23:道具の引力
https://pmjuggling.com/blogs/journal/20200725

「今回の小辻さんのカスタムボールづくりは、小辻さんと道具との距離感を理想へ調整していく作業ともいえます。
サイズや中身を調整することで、ボールの引力を調整しているようなイメージ。そのことがわかってきました。」
(記事より引用)

なるほど、道具の引力。
ありますね。
道具の引力。
ところで、ものを持った時に「これって地球の重力なんだ」と思うと、とたんに重力スゲエ、となりませんか?
僕はなります。
小学生のころも井上くんに言いましたが、納得してくれて、しばらく2人でいかに重力がすごいかを語ったものでした。
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◆フジづくり◆ 文・Fuji
第89回「自転車からのワイヤーアート」

先週、PM Jugglingのダイゴさんのお宅に青木さんとお邪魔させていただきました。
青木さんがロードバイクを買ったので、せっかくだから2人で自転車に乗って行くことになりましたが、対して自分はママチャリ。長時間運転でロードバイクについていけるか不安でしたが、なんとかなりました。走行時間にして2時間弱。
途中でスタバに寄り、手づくりマスクを朝プレゼントしたお礼にと青木さんが「エスプレッソ アフォガート フラペチーノ」というのを奢ってくれました。長時間走行で久々に運動をしたおかげか、ほろ苦いエスプレッソとクリームの甘さがより美味しく感じられました。

ダイゴさんと合流し、お家で昼食をご馳走になった後は、お部屋でボールやディアボロなどのジャグリング道具について3人で語っていました。最近、青木さんの家で竹製のハンドスティック製作のお手伝いをした流れから、手づくりの道具について思い思いの考えを語りました。

その後、話の流れでモビールをつくろうということで、フィンランドの装飾品「ヒンメリ」をつくることになりました。しかし、材料が見当たらなかったので、結束線をつかった「ワイヤーアート」をやることになりました。

やり始めると3人とも無我夢中で針金を曲げて作品をつくっていました。気づいた頃には2時間くらいが経ち、それぞれの性格が出るような作品がたくさんできていました。2人がシンプルで形の美しいもの、面白いものを製作するのに対して、やはり自分は複雑で凝ったつくりのものが好きなようです。針金一本で自転車をつくったり、何本か使って木やベンチなんかもつくっていました。何気無くつくっていたのですが、たまたま近くにあった円板を台座にしてみたらストーリー性のある作品になりました。

帰りも2時間掛けて自転車で帰り、翌日の筋肉痛も心配しましたが、全く大丈夫でした。

by Fuji

「ちょっと気に入った自転車」
https://jugglingponte.com/wp-content/uploads/2020/07/bike.jpg
「何処かの公園で見かけそうな風景」
https://jugglingponte.com/wp-content/uploads/2020/07/3objects.jpg
製作物
・PM Juggling 「otomodama」持ち運び用の巾着ケース 製作 by Fuji
otomodama 3個セット

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◆日本ジャグリング記 黎明編◆ 文・ハードパンチャーしんのすけ
第16回

さて。
ジャグリングと大道芸について。というのも、ジャグリングと大道芸は当時(1995年~2000年くらいの話です)密接な関係があったからです。
蜜月を経て、やがてそこから反発の芽が生まれてくる…それがこの時期の大道芸とジャグリングとの関係を、ジャグリング側からみた印象でしょうか。

最近、古くから大道芸を見ているひととTwitterでのやりとりしていて聞いた話。
1995年以前、都内の歩行者天国などでの大道芸では、ジャグリングというと
・クラウンカレッジ
・マラバリスタ
がほとんどだった。

1995年と言うのは、オウム真理教によるテロ「オウムサリン事件」が都内で起こり(3月でした)、それより少し前1月に阪神大震災がありました。
時は20世紀末。世紀末に世の中が滅びる!なんて予言も信じたくなるような空気感。当時、ぼくにとっても、淡々としていて鬱屈した日常が過ぎていたわけですが。と言うのも…この年は高校を卒業し、浪人することになり、予備校通いが始まりました。予備校は御茶の水にあったのですが予備校に通うようになって、象の被り物をして駅等で布教活動をするひとたちも度々目にしました。今思うとシュールだな。その年の初夏には、はじめて付き合った女の子に振られました。予備校に通いながら、村上春樹の小説がひたすら友だちでした。そんな個人的背景の影響もあるかもしれませんが、陰鬱で地に足がつかないような空気が漂っていたのが1995年。

当時をまとめた本を読むと、1995年を機にして徐々に、とりわけ都内では行政による公共空間の取り締まり、締め出しが厳しくなったようです。もちろん、上記にあげた理由が全てではないし、当時の記録を辿ると、さらに遡って「昭和天皇崩御」(1989年)の時も、路上の取り締まりは厳しくなったとのことで、何かがあれば取り締まりが厳しくなるのが路上の在り方なのでしょう。とは言え、1995年を境にして社会の在り方が変わったように思え、なんだか特別な感じがします。

そんな時代を起点にして、大道芸とマラバリスタのジャグリングについて具体的に書こうと思ったのですが、それはまた次の機会に。

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◆寄稿募集のお知らせ◆

週刊PONTEに載せる原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
編集長による査読を経たのち掲載。
掲載の場合は、宣伝したいことがあればしていただけます。
投稿・質問は mag@jugglingponte.com まで。
締め切りは、毎週金曜日の23:59です。

◆編集後記◆ 文・青木直哉

-梅雨、長い。五月雨ってこんなに長いっけ。朝晴れていても油断していると雨が降ってくるので、長い晴れは存在しないと決めて行動している。まるでイギリス人です。
-ダイゴさんも書いていますが、こう梅雨が長引いて外出もしづらいと、気分が沈みます。
-そこで僕は、最近「鬱っぽくなることを避ける方法」を考えるのに精を出しています。
-それでたどり着いた一つの結論みたいなものがあるんですが、毎日「自分はこれだけやったんだからもういいだろう」と思えるかどうか、ということが結局、結構大事なんですね。だからあえて自分から抑圧的な環境に飛び込みたくなったりするのも(僕も中高生のころは少林寺拳法部でしたが、それなりに厳しかった)そうすることで「ちゃんと己に負荷を与えている自分」を演出したいんでしょうね。逆に言うと、外から負荷がかからない状況でも、自分で自分に適切に負荷をかけられれば、この鬱々とした気持ちはなくなるのだ、という事実に明示的に気づくだけでも、結構こころは晴れやかになります。そして、その負荷は、別に「好きなこと」で一向に構わないのだ、ということです。まぁ、僕の場合は、そんなふうに思います。
-しんのすけさんの投稿を見て、サリン事件について少し調べました。僕はここ数年人類史を俯瞰することにハマっていますが、「人類史」より先に振り返るべきことがある気がしてきました。特に平成の初め頃のことを知りたい。平成史を概観するような書籍やドキュメンタリーを探しています。何かオススメがあったら、 jugglernao@gmail.com までお願いします(笑)
-僕が持っているのは実はクロスバイクと言います。ロードバイクは、基本的にあのぐねっと曲がったドロップハンドルがついていて、車道を走ることに特化していて、とにかくスピードが出る自転車。クロスバイクは、ロードバイクにマウンテンバイクの要素も掛け合わせた、悪路でも走りやすくコントロールのしやすい自転車。…みたいです。僕もにわかファンなのでよく知りません。でもウンチクはともかく、ママチャリと比べればそれなりに走りやすくて、かっこいいので、何はなくとも外を走り回りたくなります。スクーターで走った方がはるかに速いし疲れないんだけど、やっぱり自転車の方が、移動をした実感があって充足感があります。

また来週。

PONTEを読んで、なにかが言いたくなったら、mag@jugglingponte.com へ。

<END OF THIS ISSUE>

発行者:青木直哉 (旅とジャグリングの雑誌:PONTE)

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