第463回 「ジャグリングは、ごく短い時間だけ保持される彫刻である」by エリック・オーベリ について

“Juggling is like a sculpture that lasts for a really short time”

「ジャグリングは、ごく短い時間だけ保持される彫刻である」

スウェーデンのジャグラー、エリック・オーベリがFacebookで述べている。

これは以前から彼が言っていることだ。近年の作品Ghost Kube(ゴーストキューブ)にもその思想が表れている。エリック自身は、自分を「彫刻家」と名乗る。(もちろん、ジャグラーとしてのアイデンティティを捨てているわけではないが)

これに対するアート方面のジャグラー、ステファン・シングやショーン・ガンディーニ、ベン・リヒターなんかの反応もあって面白い。

ガンディーニは、『Ephemeral Architecture』(つかの間の建築)というそのものズバリなタイトルの作品を作っていたりもする。

ジャグリングは、「ものと関わる」ことが定義の基本としてあるので、それがダンサーなどとは違う。ジャグリングと彫刻を並列してみれば、確かに似通った点もいくつもある。どちらも、モノに対して人間が物理的にアプローチすることで、「形を作り出す」と言い換えられる。それが、モノ自体の形状を変化させたり、コンポジッションによる「動かない」タイプの形を作ることなのか、それとも保持性の少ない「動いている時の軌道」を以て形、と呼ぶか、の違いかもしれない。

バランスのジャグリングでは、それがより静的な彫刻に近い形で現れるだろう。もっとダイナミックな、パターンを描くようなジャグリングでは、一個一個のモノが空間に配置されたときに立ち現れる「パターン」が、空間に刻まれる、とも言える。

ジャグリングを一瞬だけ現れる彫刻と捉えることでより構造が強くなる(エリックやショーンが行うような)ジャグリングもあるだろうし、逆に、いや、彫刻なんかじゃないだろう、とそれを避けるように、例えば身体性だけを軸にしてそこから立ち上げるようなジャグリングをしても、それはそれで面白いだろうな、と思うし、(渡邉尚さんなんかはそうだろう)いずれにしてもこんな風に端的に言語化して、より哲学を明確にして進められるジャグリングというのは、今後ももっと見ていきたいものの1つである。

京都で活動しているピントクルなんかも、やっぱり、根底に言葉があるジャグリングだよね。

横浜