第459回 social juggler

前々回で紹介したホーヴァーのビデオで、ksocial juggler」という言葉が出てくる。要するに「人と交流することを主な目的にジャグリングをする人」というほどの意味だと思う。

僕は今この言葉について考えている。「social juggler」と言われる、と想像すると、なんだかムッとするのは僕だけだろうか。

でも別にここに、軽蔑の意味は込められていないのだ。それは分かっている。分かってはいるが、「social juggler」と言われると、どことなく「うまくなるのを諦めている」みたいな捉え方をしてしまう。

dがあ考えてみれば「social juggler」の対義語ってなんだ、と言われたら、それは「ひとりでジャグリングをする人」であり、ひとりでジャグリングをする人の楽しみと言ったら何か、というと大体は「うまくなること」であろう。

ということは、その逆である「social juggler」は、「うまくなることが最終的な目的ではない」ということになる。だからそんな風なイメージがついて回るのかもしれない。

だが同時に、「お互い、うまくなろうとしている」という共通のおもいから生まれる仲間意識みたいなものもあるよなあ、と思う。

ひたすらうまくなろうとしているからといって、アンチソーシャルである、ということにもならない。

横浜