また「ほぼ日」の話ですけれども。
糸井重里が主催するほぼ日刊イトイ新聞で、「ほぼ日の塾」という企画がある。
これが、同じ素材を使って、塾生の方々にコンテンツを作ってもらって、ほぼ日のコンテンツの作り方の姿勢などを共有する、という企画のようです。
凄まじくて。
なにが凄まじいって、それをまた全部掲載している、という。
それで、例えばこのインタビューなんか読んでも、それぞれの人がそれぞれの視点でどこをどう編集するかが、全然違うんだということが肌でわかります。(肌ではないか)
何人かのものを通しで読んでみました。
どこをさらっと流すか。
どこをどういう間で読む読み物にするか。
何を取り上げるか。
ちょっとした差、ではなくて、かなり違う。
これを通して、世に溢れている「記事」は、どんなものも「一人の主観」を通して、かなり違ったやり方で、事実が伝えられたものなんだ、と気づく。
同じ素材でさえこうも違ってしまう。
どういう切り取り方をするか、というのは、すごく考えがいのある、工夫のしがいのあることなのだ、とも改めて思った。
横浜