リヨンを離れる日。もうボクダンはいない。起きてからすぐ、友人に勧めてもらったパン屋に行った。0.9ユーロのパン・オ・ショコラを食べた。安いんだけど、うまい。フランスのパンはフランスで食べるに限る。もう朝早くなかったから焼きたてほやほやではなかった。それでも美味しかった。

 そして、ボクダンの家の近くにあったジャグリング道具屋も、開いていたので入った。店主のお兄さんに話しかけると、「一輪車のプレーヤーならいっぱい知っているよ」と言っていた。見ると店の中には、一輪車がたくさん置いてある。ジャグリング道具は置いているが、詳しいわけではないみたいだ。でも、ボクダンのことはもちろん知っていた。

 店を出ると、今度はサイクリングをすることにした。

 リヨンでは、Velo’Vという、自転車共有システムがあって、街中にある自転車を一回1.8ユーロ、1日使い放題4ユーロ(20187月現在)で利用できる。クロワルッスの丘のあたりからずっと川沿いに走って、ローヌ川とソーヌ川が合流するところの、再開発地区まで行った。もともとは本屋に入ったり、行きたかったお店を見た。いったんカフェに入りネットに繋いだら、エティエンから連絡が来ていた。

 「なんかして遊ぼう」

 自転車で川沿いを走って、またクロワルッスの丘に戻った。オーストリアから来ていたセビとも合流し、街をぶらぶらした。トマもいる。

 僕はそういえばあまり、これまでの人生で、「なんかして遊ぼう」と言って、外にぶらっと出て、特に目的もなく街を友達と一緒に歩き回る、みたいなことをしてこなかった。僕が生まれたところが、そういうことに適していなかったのか? 僕が非社交的だったのか? 日本とフランスの文化の違いのせいか? 理由はわからない。

 みんなでディアボロができるところを探しながら歩いた。途中、屋台でチョコスプレッドたっぷりのクレープを買って食べ、スーパーでビールとポテトチップスを買って川沿いに座ってまた食べた。ディアボロをして、また歩いて、最後は行くところもなくなって、階段に座って話をしながら猫と遊んだ。夕方5時ぐらいになって、僕は空港に行くよ、とエティエンとセビにお別れを言った。トマはもう「父さんのためのパーティがあるから」と帰ってしまっていた。

 ボクダンの家に帰った。キッチンのテーブルの上に手紙を書き残して、お菓子を置いていった。荷物を整理して、まだ早いけれども、電車で飛行場へ向かうことにした。明日の朝早くの便だから、今日は飛行場で寝る。

 リヨンの空港は、新しくてとても綺麗だった。夜になっても明かりは消えず、マットを敷いて、寝袋をかぶって寝た。ロビーには、延々とどこかの子供が泣き叫ぶ声がこだましていた。あまりよく眠れなくて、飛行機の中では少し具合が悪くなってしまった。