ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.9

(no.8は、週刊PONTE第7号に掲載しています。詳しくはこちら

 「フェスティバル疲れ」とはつまり、夜の2時、3時まで起きて、翌日は午前遅く起きる、というのを1週間テントで繰り返すことで引き起こされる。1日ゆっくりしたぐらいでは治らない。フェスティバルから出てきた次の日は、午後1時に起きた。

 ロフトからもそもそ起きてきたボクダンが、「友達がいいラーメン屋を教えてくれたから、そこに行ってみようか」と言った。ボクダンは、日本が好きなのだ。しかし家から5分ほど歩いてその場所に行ってみると、ラーメン屋は今日から夏季休業だった。残念だねえ、と言って、諦めて昨日と同じようにタンドーリを買った。ボクダンに言わせれば今日のところは、町で一番美味しいタンドーリなのだという。じゃあ、いいか。
タンドーリを持ってソーヌ川まで歩いて行き、岸辺に座って食べた。

 リヨンは川沿いに歩くだけで色々なものが目に入ってくる。遠くの丘の上には教会が見える。たびたび川を船がゆく。観光地としても有名なので、人も多い。パリと比べるとだいぶゆっくりして、落ち着いた印象を受ける。ボクダンが昔柔道をやっていたことや、日本語について話した。「ふね」とか、「かわ」とか、簡単な単語を教えてあげた。すごく興味深そうに聞いていたボクダンは、ビールの入った缶を持つと、いきなり「ビールです!」とにこにこしながら言った。結構、知っているんだよな、この人。いつか日本に来たい、と言う。行くなら、せっかくだから長く滞在したいな、とも言う。
ボクダンが日本語を喋っていたらどんな感じがするのだろう。同じように、僕がフランス語を流暢に話せたら、どんな感じがするのだろう。

 別に何をするでもなく川辺のコンクリに座って、あてのない話をしていた。しばらくしたら、ボクダンは、用事があるから、と言って、どこかに旅立って行った。家は好きに使っていいからね、と言って、鍵をくれた。

 その日僕は、リヨンの町をただ歩いた。印刷博物館に行ってみたり、川沿いに歩いた。途中で雨が降ってきたので、スーパーに併設されていたカフェに入った。安いコーヒーを飲みながら、ぼんやりと外を眺めるぐらいしかすることがなかった。僕はそこで、絵葉書を書いた。

 「フェスティバル疲れ」はまだ取れない。