ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.7

 コンベンションは後半にかけてどんどん人が減っていった。1週間あるうちの、2日目と3日目が人数のピークだった。全体では約700人来場したらしい。
町へも出てみた。ここ、アンベリュー・アン・ビュジェイには、特に目立って面白いものはない。なんとなく時間を過ごすのにはちょうどよい。その何もなさに加えて、ほとんどのお店が開いていない。やっていたのは、チェーンのお店ぐらいだった。会場の近くには、空調が効いた、WiFiが使えるケバブ屋があった。時々そこにも行った。
フレンチ・ナショナルコンベンションは前半にイベントが詰め込まれていて、後半は友達とダラダラ過ごすだけだった。これは気が楽だ。いや、わざわざフランスまで行っておいて、と思うかもしれないが、ここまで来ないと味わえない空白もあるのだ。同じ空白を日本で味わえるか、と言ったら。さて、どうでしょう。イスラエル人のシャイは、「なんか見逃してるんじゃないか、みたいな不安がいっさい生じないからいいよね」と言っていた。それもよくわかる。
僕はコンベンションの中で結構な時間をボブのカフェで過ごしていた。ジムのなかは日照りでとんでもなく暑かったり、人がいすぎた。外で涼んでいるのが一番気持ちが良かった。もちろんたまにはジャグリングの練習もしたが、基本的には、暑い時間帯は外のカフェで入れ替わり立ち替わり現れる人を相手に日本語のレッスンをしたり、いろんな国のことを聞いたりして、日が暮れ始めた頃に少しジャグリングをした。
最終日前日に帰っても良かったのだが、結局最後まで残ることにした。僕をリヨンで泊めてくれるボクダン君は、もう帰るよ、と言って前日に帰っていった。僕は最後までいたかったので、あとから追いかけることにした。
最後の夜は全員、ただただはしゃぐだけ。バーで飲んだりしゃべったり踊ったり、いい大人達が、円盤をゴムで弾いて飛ばし合うゲームに夢中になっていた。僕も混じって一緒に熱中した。
「いい大人が」。僕は「大人って、はしゃいだらいけないんだ」と心のどこかで思っている。なんだかな。フランスの子供達は、その辺でほっぽらかされてのびのび走り回っている。日本で僕は「それはだめ、あれもだめ」と言われて生きてきたような気がする。あるいは、そうでもないのかな。いや、でもそれはいいんだ。ただ、全然別の世界があることを知っているのは、素敵なことだな、と思う。これはジャグリングの世界を見られてよかったな、と思うことのひとつ。

 バーを出て、ジムに行って、ディアボロで遊んで、まだ少しだけいるジャグラー達の練習の様子を見ながら、うたた寝をした。目が覚めたら、朝の4時だった。後ろを振り返るとゲストのアレクサンドラが、イスラエルのエヤルくんとダラダラしていた。アレクサンドラはあと10分で帰る、と言った。でも、僕はこのあとEJCでアレクサンドラと会うことになっているから、「またね」と言う。今回の旅は、そういうことが、多い。


(no.8は、週刊PONTE第7号に掲載しています。詳しくはこちら