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ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.13

結局出発したのは午後少し遅くなってからだった。車で延々とドライブをする。地図で言えば上に上っていくだけ。ひたすらまっすぐ走る。リーナさんと、パートナーのイアンさんと話をしながら走った。

ある地点を境に、湖水地方、というところに入った。ここに入ると、見渡す限り、低くなだらかな丘と、羊と石垣だけの景色になる。まさに、僕がずっと想像していたとおりの景色だ。
これだけの石をどうやって人力で並べたのだろうか、と思うくらい、石は遠く丘の果てまで続いている。そして、羊(やらなんやら)は、あくまで平和に、ぽかぽかと暮らしている。でも天気はそれほどよくなくて、牧歌的な眺め、というよりは、退屈な眺め、という感じである。

車が徐行している最中に、羊が前を通った。イアンさんが、クラクションを「プー」と鳴らした。羊は「メー」と言い返してきて、またのそのそと去っていった。

単調な景色が続き、カーラジオからはレゲエ調の音楽が流れている。僕はうとうとしてしまった。

はっと気づくと、ずっと羊と石垣だったのが、唐突に家並みに変わっていた。あっ、と思ったのもつかの間、さらに教会や、スーパーや、おみやげ屋さんがある通りに出る。
ここからが、アップルビー。
「村」と言った方がしっくりくる感じのところだ。21世紀のイギリスには、そうか、まだ、こういう街並みが残っているんだ、と素直に感心してしまった。
車はそのまま村の中心を抜けて川にかかった石橋を渡り、その先にある小学校についた。入り口には看板があって、フェスティバルの名前が書いてあり、風船も取り付けてあったりする。学校の中に入ると、そこには主催のロージーがいた。

ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.12

 CATCH!フェスティバルの日。フェスティバル自体は午後3時くらいから始まる。

 朝はまだマンチェスターのジョーの家にいて、昼ごろにみんなで車で出発しようか、という話だった。会場であるアップルビーは、車で北上して数時間のところにある。

 僕は街をちょっといいから見てみたかったので、少し早く起きてマンチェスターの街に出てみることにした。

 イギリスには来たことがある。でもきちんと街を探検するのは初めてでワクワクする。トラムに乗って、中心街まで行った。

 トラムの中には、都会的な顔つきをした人々に囲まれた。スーツなんかはあんまり着ておらず、自由な格好をしているけど、少し表情がかたい気がする。横浜で20年以上暮らす僕にとってはどこか親近感を覚える顔だ。

 トラムを降りると、街は少し荒れた空気があった。路上生活者も多く、みんな足早に歩いている。お互いにあまり関わりたくないな、と思っているような気配を感じる。

 朝ごはんを食べようと、事前に調べてあった北欧風のカフェ「TAKK」に行って、カプチーノとブラウニーを頼んだ。

 ブラウニーを食べながら、ふと切実にことばを送りたい気分になったので、大事な人に絵葉書を書いた。ブラウニーに負けず劣らず、カプチーノもとてもずっしりとしていて美味しかった。

 カフェを出ると、トラムの線路沿いを歩いて市立美術館まで行く。本当は外観と売店だけを見ようと思っていたのだけど、そこは入場料を取らない美術館だった。しかも平日の午前早い時間なので見物人は23人しか見かけなかった。

 中に入って、30分くらい過ごした。お金を払わずにふらっと入って、好きなものだけ見て、すぐに出てこられる、というのは、とても健康的だよな。どうもお金を払うと、「全部見なきゃ」という焦燥感にかられてしまうからいけない。

 美術館を出て、今度は図書館に行く。

 建物は荘厳で、そのへんの棚にある蔵書の奥付が19世紀だったり、夏なのに魔法使いのように大げさなコートを羽織った白髪のおじいさんが、ぼろぼろの本を小脇に抱えて歩いていたりした。

 集中して勉強ができる大きな部屋もあった。そこに入ると、咳払いにも気を使うくらい、音がしない。椅子に座って、しばらく静寂を楽しんだ。

 なぜかわからないが、その時僕の頭には、マンチェスターに長期滞在するのはどうだろう、ということが浮かんだ。

 街の見物を終えて、トラムに乗ってジョーの家に引き返した。

 トラムから見える景色は、いかにも「工業都市」という色合いのレンガの建物たちだった。

 午後になったら出発するはずだったのだが、帰って来てもまだみんなは支度をしながらのんびりしていた。

ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.11

 リヨンからイギリスに来た。

 イギリスには以前にも来たことがある。6年前のことだった。BJCという、イギリス最大のフェスティバルのためだ。

 今回は別のジャグリングフェスティバルに参加する。CATCH! という名前の、比較的小さなフェスティバルだ。それで、イギリスはマンチェスターへ、ロンドンを経由して、来た。

 イギリスの英語は聞き取りづらい。日本の学校教育では基本的にアメリカン・イングリッシュが採用されている。だからそれ以外の発音については、やっぱり同じ言語とは思えないくらいの隔たりを感じる。前に来た6年前は、今より英語が下手だったからすっかりお手上げだったけど、今でもやっぱり何回も聞き返す。だんだん申し訳なくなってくる。でも向こうも、しばらく話していると、「ああ、こいつには少し手加減してやらないとな」と思ってくれて、だんだん話がしやすくなってくる。

 冗談を言われて、わからない時は辛い。わかったとしても、外国語で冗談を言い返すのだって、すごく難しい。最近は英語のコメディばかり観ていたおかげか、少しは面白いことも言えている気がするが、あるいはみんなが優しいのだろう。

 マンチェスターでは、市街から少し外れにある、ジョーという人の家にお邪魔させてもらった。

 なぜ僕はジョーの家に泊まったのか。

「誰かフェスティバル会場まで、車に乗っけてくれる方、いませんか」とジャグリングフェスティバルのFBページで尋ねたら、全然知らない、リーナさんという人から連絡がきた。

「とりあえずジョーの家に行ってね」

 と言われた。

 ジョーが誰かも知らないし、それ以前にリーナさんも知らないんだけど、言われるがまま住所をたどって家に行ったら、僕が開ける前にドアが開き、「はいはい、入って入って」という雰囲気で、細身の女性が僕を中に招き入れてくれた。

 いきなり「疲れてない? シャワーとか浴びる? 寝る?」と聞いてくれた。僕は、ひとまず荷物を置いて休みたいな、と言うと、「オカイ(Okay)」と微笑んで、リビングルームに案内してくれた。そこには、もう三人、ジョーの友達がいた。しばらく話したあとにシャワーを浴び、仮眠を取った。

 何が何だかわからないまま、しばらくして目が覚めた。いったい何しにきたんだっけ、としばらく考えた。

 外から声が聞こえてきたので、はっとした。

 庭に降りると、バースデイパーティが開かれていた。今日はジョーさんの誕生日なのだそうだ。バーベキューと、ケーキがあった。

 僕は、そこにいるのはみんな知らない人だと思っていたんだけど、ジョーは3年前、福島のジャグリング日本大会に来ていたんだ、と言った。そこには僕もいた。はじめに声をかけてくれたリーナさんは、6年前のBJCで、会っていた。「BJCのあの演技、よかったわよ!」と6年越しにコメントをくれた。ほかにも、続々と庭に集まってきたジャグラーたちの話を聞くと、今までのEJCや他のイベントなど、至る所ですれ違っていた。

 だんだん、自分が何者なのかわからなくなってきた。

 それは、イギリスに住んでいるほとんど話をしたことがないジャグラーと、「接点が多い」という事実が自分を困惑させるからだ。

 そして、彼らがあまりにもすんなりと僕のことを受け入れてくれるからだ。
僕がこれほどまでに「受け入れられる」理由がまったくわからなかった。日本から来た、その土地の人とはまったく縁もゆかりもない人間がなぜこれほど、優しく受け入れられるんだろう。

 そして、自分がどういう人に受け入れられるのか、ということは、とりもなおさず、自分がどういう人間であるか、ということを示しているような気がした。だから、こんな風にほとんど知らないイギリスの人から、さも近所の知り合いのように話しかけられると、自分がいったい何者なのか、全然わからなくなってしまう。

 

ジョーさんは僕に、控えめな笑顔でもう一本ビールを勧めてくれた。

ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.10

 リヨンを離れる日。もうボクダンはいない。起きてからすぐ、友人に勧めてもらったパン屋に行った。0.9ユーロのパン・オ・ショコラを食べた。安いんだけど、うまい。フランスのパンはフランスで食べるに限る。もう朝早くなかったから焼きたてほやほやではなかった。それでも美味しかった。

 そして、ボクダンの家の近くにあったジャグリング道具屋も、開いていたので入った。店主のお兄さんに話しかけると、「一輪車のプレーヤーならいっぱい知っているよ」と言っていた。見ると店の中には、一輪車がたくさん置いてある。ジャグリング道具は置いているが、詳しいわけではないみたいだ。でも、ボクダンのことはもちろん知っていた。

 店を出ると、今度はサイクリングをすることにした。

 リヨンでは、Velo’Vという、自転車共有システムがあって、街中にある自転車を一回1.8ユーロ、1日使い放題4ユーロ(20187月現在)で利用できる。クロワルッスの丘のあたりからずっと川沿いに走って、ローヌ川とソーヌ川が合流するところの、再開発地区まで行った。もともとは本屋に入ったり、行きたかったお店を見た。いったんカフェに入りネットに繋いだら、エティエンから連絡が来ていた。

 「なんかして遊ぼう」

 自転車で川沿いを走って、またクロワルッスの丘に戻った。オーストリアから来ていたセビとも合流し、街をぶらぶらした。トマもいる。

 僕はそういえばあまり、これまでの人生で、「なんかして遊ぼう」と言って、外にぶらっと出て、特に目的もなく街を友達と一緒に歩き回る、みたいなことをしてこなかった。僕が生まれたところが、そういうことに適していなかったのか? 僕が非社交的だったのか? 日本とフランスの文化の違いのせいか? 理由はわからない。

 みんなでディアボロができるところを探しながら歩いた。途中、屋台でチョコスプレッドたっぷりのクレープを買って食べ、スーパーでビールとポテトチップスを買って川沿いに座ってまた食べた。ディアボロをして、また歩いて、最後は行くところもなくなって、階段に座って話をしながら猫と遊んだ。夕方5時ぐらいになって、僕は空港に行くよ、とエティエンとセビにお別れを言った。トマはもう「父さんのためのパーティがあるから」と帰ってしまっていた。

 ボクダンの家に帰った。キッチンのテーブルの上に手紙を書き残して、お菓子を置いていった。荷物を整理して、まだ早いけれども、電車で飛行場へ向かうことにした。明日の朝早くの便だから、今日は飛行場で寝る。

 リヨンの空港は、新しくてとても綺麗だった。夜になっても明かりは消えず、マットを敷いて、寝袋をかぶって寝た。ロビーには、延々とどこかの子供が泣き叫ぶ声がこだましていた。あまりよく眠れなくて、飛行機の中では少し具合が悪くなってしまった。

ジャグリングがつなげるもの 欧州ジャグリング紀行2018 memory no.9

(no.8は、週刊PONTE第7号に掲載しています。詳しくはこちら

 「フェスティバル疲れ」とはつまり、夜の2時、3時まで起きて、翌日は午前遅く起きる、というのを1週間テントで繰り返すことで引き起こされる。1日ゆっくりしたぐらいでは治らない。フェスティバルから出てきた次の日は、午後1時に起きた。

 ロフトからもそもそ起きてきたボクダンが、「友達がいいラーメン屋を教えてくれたから、そこに行ってみようか」と言った。ボクダンは、日本が好きなのだ。しかし家から5分ほど歩いてその場所に行ってみると、ラーメン屋は今日から夏季休業だった。残念だねえ、と言って、諦めて昨日と同じようにタンドーリを買った。ボクダンに言わせれば今日のところは、町で一番美味しいタンドーリなのだという。じゃあ、いいか。
タンドーリを持ってソーヌ川まで歩いて行き、岸辺に座って食べた。

 リヨンは川沿いに歩くだけで色々なものが目に入ってくる。遠くの丘の上には教会が見える。たびたび川を船がゆく。観光地としても有名なので、人も多い。パリと比べるとだいぶゆっくりして、落ち着いた印象を受ける。ボクダンが昔柔道をやっていたことや、日本語について話した。「ふね」とか、「かわ」とか、簡単な単語を教えてあげた。すごく興味深そうに聞いていたボクダンは、ビールの入った缶を持つと、いきなり「ビールです!」とにこにこしながら言った。結構、知っているんだよな、この人。いつか日本に来たい、と言う。行くなら、せっかくだから長く滞在したいな、とも言う。
ボクダンが日本語を喋っていたらどんな感じがするのだろう。同じように、僕がフランス語を流暢に話せたら、どんな感じがするのだろう。

 別に何をするでもなく川辺のコンクリに座って、あてのない話をしていた。しばらくしたら、ボクダンは、用事があるから、と言って、どこかに旅立って行った。家は好きに使っていいからね、と言って、鍵をくれた。

 その日僕は、リヨンの町をただ歩いた。印刷博物館に行ってみたり、川沿いに歩いた。途中で雨が降ってきたので、スーパーに併設されていたカフェに入った。安いコーヒーを飲みながら、ぼんやりと外を眺めるぐらいしかすることがなかった。僕はそこで、絵葉書を書いた。

 「フェスティバル疲れ」はまだ取れない。

変幻自在、ゴーストキューブがキックスターターで販売開始。

編集長の友人でもあるスウェーデンのジャグラー、Erik Åberg(エリック・オーベリ)が自身でデザインした「ゴーストキューブ」。立方体ユニットをいくつも繋げてできていて、うねうねと動かすことができます。また、その組み合わせ次第で、多様な形にすることもできます。

そのゴーストキューブを自分で組み立てて遊ぶことができるキットが、現在キックスターターというクラウドファンディングのサイトで、販売されています。(こちら http://kck.st/2UFshxg

エリック本人が、プロダクトの解説をしています。

今回PONTEでは、エリックさんに「ゴーストキューブ誕生の経緯」を聞いてみました。

「ゴーストキューブ」プロジェクトの経緯。

私はジャグリングの歴史を研究していて、ジャグリングショップなどが無い時代のジャグラーたちは、全ての道具を自分で作らなければならなかった、ということに気がつきます。ボールやクラブやリングが、ジャグリングの「定番」となるよりも前の話です。日常で使うあらゆるもの、つまりコイン、葉巻、杖、ボトルなど、全てはジャグリングの対象となりました。そこで考えたのです。現代のジャグラーである私が、やはり一から道具を作るとしたら、きっと面白いことになるんじゃないか。

そしてその頃ちょうど私は彫刻にも興味を持っていて、もうひとつの発見をします。彫刻の世界では、様々な「形」が生み出されている。そう、あらゆる「形」が。もしこれをジャグリングの世界に移植するとしたらどうなるだろう、ということです。

これが新しいアイデアの端緒でした。
それから私は大きく二つのコンセプトについて考え始めます。ひとつは、そのオブジェクトは、動かすことで色々な形を創造できる。そしてもうひとつは、その道具でマニピュレーションができる。

こんなアイデアから、3次元でさまざまに動くキューブの集合体、「ゴーストキューブ」が生まれました。それ以降いくつものバリエーションを生み出すこととなり、2014年には、YouTube上に発表したゴーストキューブの動画がヒットします。購入したい、という問い合わせも多く寄せられました。というわけで私は、レゴのように組み立てられる、プラスチックのパーツで出来たゴーストキューブを開発することにしました。折り紙に影響を受けたこのシステムは、手で、容易に形を変えることができます。

そんなゴーストキューブが、ついにキックスターター(クラウドファンディングサイト)で購入できます。

詳細はプロジェクトページをご覧ください。ぜひ、よろしくお願いします。

by エリック・オーベリ

参考:ゴーストキューブの世界的ヒットに繋がった動画

ジャグラー、エリック・オーベリについて

エリックは、ジャグラーとしても活躍しています。日本のジャグリングシーンにも大きな影響を与えており、日本最大のジャグリング大会JJFにも、ゲストで二回来ています。そして来年の2月には、ジャグリングとは無関係なプロジェクトではあるものの、再び日本を訪れるそう。

PONTEも彼を取材したことがあります。併せてお読みください。(こちら

プロジェクトを支援できるのは2019年1月12日(土)の22:29 まで。購入すると、実際に手元に届くのは来年7月ごろ、とのこと。クラウドファンディングを使ったことがない、という方も、これを機にやってみては。海外から忘れた頃にプレゼントのようにモノが届くのは、結構嬉しいものです。

※「プロジェクトの経緯」のパートは、エリックからもらった英文をもとに編集長が翻訳しています。

Photos provided by Erik Åberg

Text by Naoya Aoki

第6便 (2018/11(の分)) クイーンズランドが誇る伝説のジャグラーTerry The Great

 

PONTEをご覧の皆さん、どうもエクストリーム芹川(@Exseri)です。
ワーホリ×ジャグリングin Australia 第6便ということで、今回はブリスベンで出会ったサーカス歴25年、生きる伝説ジャグラーの”Terry The Great”(以下テリーさん)にインタビューしてきたので紹介します。

テリーさんとの出会い

私がオーストラリアに来て半年が経った頃、ブリスベンで2か月に1度開催されているファイヤーフェスで、5ファイヤートーチを投げている人を見つけました。当時、ブリスベンで5クラブが投げれるのは自分だけだと思っていたので驚きでした。彼がパフォーマンスをすると会場の全員が注目し、拍手が沸き起こっていたのを覚えています。技術はもちろん、明らかに見せ方が上手く、リズミカルに動く様子を見て、ただ者ではないオーラを感じ取りました。とても面白い人で、ジャグリングのことを語り出すと止まりません。

テリーさんのショー

テリーさんのショーの様子。どこか神聖さを感じます。

彼の車には常に道具がぎっしり詰まっており、いつでもパフォーマンスが出来るようになっています。何度か一緒にバスキングをしたのですが、次々と見たことのない技やネタが飛び出てきて驚きました。ディアボロのトリックは熟練を感じさせる安定感で、すぐにストリートが観客で埋まってしまいました。コンタクトボールやハットを使ったバランス技が、ストリート上とは思えないくらいにハイレベルで、人間は極めればこの領域に達することが出来るのか…と衝撃を受けました。

テリーさんの経歴

オーストラリア、クイーンズランド南部のサンシャインコースト出身。1994年、12歳の時に一輪車のショーを見て感銘を受け、弟と一緒にジャグリングの練習を始めました。8か月の練習の末、一輪車の上で3クラブカスケードが100キャッチ続くようになったそうです。そして、僅か3年後の1997年にはシドニーで開催されたディアボロコンテストで1位になります。当時、オーストラリアではYoho!というジャグリングショップがディアボロを販売しており、とてもポピュラーだったそうです。その中でもテリーさんは数少ない3ディアボロが回せるプレーヤーだったそうです。その後、幾つものディアボロ大会にて優勝し、タスマニアで開催されたAustralia national contemporary circus festivalへの出場権を得て、サーカスの道を歩み始めたそうです。翌年の1998年にはIJA championsipsのJunior部門に出場します。演目は3,4クラブに1,2,3ディアボロ、そして一輪車の上で5クラブをやっていたそうです。IJA公式ページには、彼が6クラブを12キャッチした記録も残っています。たったの4年でここまでのジャグリング技術を身に付けていたということに驚きです。

1999年からは地元のサンシャインコーストの隣町にあるNoosa Art Theatreにてショーを行うようになります。弟のSimonと二人でショーを行うこともあったそうです(彼は2004年に東京で開催された一輪車の世界大会で2位になっています)それから現在に至るまで、オーストラリアの様々なサーカスツアーに参加し、ショーをする生活を送っているそうです。

テリーさんの自慢の技

ショーの中で行っている技だと、一輪車の上でハットを鼻に乗せてバランスを取りながら3クラブカスケードをする技が自慢だそうです。(私はまだやっているのを見たことが無いのですが、彼のスキルを見ていると可能だと思います)過去にはスティルトに乗りながトーチを5本投げたり、一輪車の上で7ボールや6クラブを投げたりしていたそうです

テリーさんの尊敬するジャグラー

テリーさんに尊敬するジャグラーを聞くと、長いキャリアということもあって、私の聞いた事の無いサーカスアーティストが沢山いました。

まず、Haggis McCloudとSergei Ignatovの二人がテリーさんにジャグリングの技を教えてくれたそうです。Sergei Ignatovは1980年代から活躍していたジャグラーで、Youtubeで検索してみると白黒の映像が出てきました。古いサーカス映像でよく見る、恐ろしく高い技術力です。この人達から直々にジャグリングを教わっていたということにも驚きでした。また、テリーさんはEnrico Rastelli(1896-1931)というサーカスアーティストをとても尊敬していて、映像を見て技や動きを研究していたそうです。
その他にも、Anthony GattoやSean McKinney、Toby Walker、Kris Kremo、Charlie Fry
Tony Firebougなどの有名なジャグラーにも会ったことがあるそうです。IJAの大会では矢部亮さんにも会ったことがあると言っていました。
ジャグラーの他にも、Michael JacksonやDavid Copperfield、Michael Flatley、が〜まるちょばのダンスやマジックを見てとにかく研究し、動きを学んだそうです。
ストリートパフォーマーの中で尊敬しているのは、オーストラリア出身のThe Space Cowboyというバスカーで、体を張る芸が好きだそうです。(彼は剣飲みのギネス記録保持者だそうです)

テリーさんの次の目標は?

数々のサーカスショーにてパフォーマンスを行ってきたテリーさんですが、まだ達成していない目標があるそうです。それは、豪華客船の中でツアーをしながらショーをすることだそうです。シドニーとクイーンズランドを結ぶ船の中で海賊のコスチュームをしながらパフォーマンスがしてみたいと言っていました。凄く似合いそうです。過去に数回日本に行ったこともあるそうで、90年代に代々木公園でバスキングのショーを行ったこともあるそうです。また日本に行ってパフォーマンスがしてみたいそうです。

まとめ

テリーさんとブリスベンのバスカー達で写真

最後に、テリーさんにジャグリングとは何かを聞くと、「Juggling is life(ジャグリングは人生)」と即答されました。彼にとってジャグリングのテクニックを高めることは、自分自身を高める事だそうです。25年経って十分なスキルを身につけた今でも、まだまだ練習することが大好きだそうです。会話していてもすぐに帽子でバランスを始めてニコニコしている様子を見て、本当に芯からエンターテイナーなんだなあと思いました。自分はまだまだジャグラーとして若手ですが、テリーさんと話すことで、ジャグリング・サーカスの歴史を知る楽しさに気付きました。■

 

筆者とテリーさんのパッシングの様子


テリーさんのショーの様子。2005年の映像だそうです。当時すでにハイレベルなショーを行っていたことが分かります

Terry the great (instagram)


芹川さんご自身のブログはこちら。

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PONTEのメールマガジンがはじまります。

ご無沙汰しております。編集長です。

PONTEは、毎週月曜日にメールマガジンを発行することにいたしました。

その簡単な経緯などは、早速、第1号に書いてあります。

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※第2号発行の間までは、ご登録された方に順次、第1号をお送りいたします。(手作業で送信するため、少々時間がかかる場合がございます。ご了承ください。)

PONTE 2018 Autumn (Vol.15) ができました。

書くジャグリングの雑誌:PONTE の第15号が完成しました。

1ヶ月半、ヨーロッパに滞在し、4つのジャグリングフェスティバルを取材して来ました!

行って来たのは、フランス、イギリス、アゾレス諸島(ポルトガル領)、そしてフィンランドです。

世界最大のジャグリングフェスティバルEJCも含め、めったに知ることのできない、

EJC以外のジャグリングフェスティバルの様子もギュッと凝縮しました。

これを読めば、ヨーロッパに行った気分になれるかも。

いつか外国のジャグリングフェスティバルに行ってみたい、という方にも、おすすめです。

通常どおり購入画面からご注文できます。

一冊800円です。

また、協賛してくださっているPM Jugglingでも、取り扱いをする予定です。

どうぞ、よろしくお願いいたします!

 

編集長 青木直哉 naoya_aoki@jugglingponte.com

協力 / sponsors: PM Juggling