ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(3)

2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号では、編集長自らがニュージーランドへ行き取材をしてきた様子を掲載しました。その全編を毎週水曜日、8月3日まで全5回でWebに連載。

お楽しみください。

(2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号より転載)

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ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(3)

芝生を抜ける風

身支度を整えるとジョーの青い車に乗り込んだ。農場を出て延々と走り続ける。だらだらと際限なく続く牧場、鉄道、森。牛が、羊が、馬が、いたるところに身体を横たえている。幅のある道路。乾いた日差し。間違いなくここは日本ではないなぁ、と気持ちが徐々に土地に対する他者としての実感に切り替わってくる。ニュージーランドに来ることを決めてからこちらに来るまでは、1週間しかなかったのだ。

一時間もしないうちに会場に着く。
プールとキャンプ場が一体となったレジャー施設だった。大部分が青々と茂った芝生で覆われている。早速テントを張ってやろう、と思って気がついたのだが、私の荷物はほとんどコリンのバンの中にあった。そしてコリンはそれを乗せたままどこかに行ってしまったし、いつこちらに着くんだかわからない。右往左往していると、ジョーが来て「もし昼寝でもしたいんなら私のテントを使いなさい」と相変わらず明るく言ってくれた。私はその言葉に甘えることにした。
ジョーのテントを張り終わると、唯一先に到着していた二人の青年たちクリスとマットが、昼食に誘ってきてくれた。会場には独立した建物の中にキッチンがあって、そこで何か食べよう、と言う。
キッチンの中を覗くと、流し台が6つついていて、冷蔵庫や電子レンジも完備、よく動く電気コンロもあった。共用の電気コンロというと、イタリア留学中に、10分間隔で勝手にブレーカーが落ちる(それと火力が全然出ない)ポンコツの記憶が鮮明であって、あまり信用できない。ビーフシチューを作るのに3時間くらいつきっきりで本を読みながら、がしゃんがしゃん落ちるブレーカーをその度に立って持ち上げに行ったのを思い出す。
二人はビニール袋に入ったレタスやトマトやツナ缶を出して、アーミーナイフを使って素材を切り、手早く手巻きサンドイッチを作ってくれた。巻くのに使ったパンは、少し厚めでぎっしりしていて、かみごたえがあって甘い。ベンチに座って食べ始めると、日差しが強くて、もうすでに日焼けをし始めていることを肌で感じ取る。出発した時の日本は、まだまだ冬の気候だった。
食べ終わってテントスペースに戻ると、他の参加者が少しずつ集まってきている。気温は22,3度ほどだ。日陰に入るとちょうどいい温度で、気持ちよい。前日の疲れがまだ取れていなかったので仮眠をとることにした。テントにもぐり、服をまくらにして、銀マットの上に横になる。周りの雨よけは張らず、蚊帳のような状態にして寝た。木立を抜ける風が中を通る。遠くの芝生でクラブパッシングをする声が不明瞭に耳に入ってくる。その様子をなんとなく想像しながら目を閉じると、私はもう一度、ああ、ニュージーランドに来たなぁ、と思った。

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ジェイの演技

夕方、車に相乗りさせてもらってフアパイへ行く。ジェイのショーを観るのだ。会場に入ると、ジェイは既にパフォーマンスの準備を進めていた。ぽっくりとした北欧風の天井照明が連なる、木を基調とした内装。気負いのないレストランだ。切り株のような椅子と背の高いテーブルがいくつもあって、お客としてガタイのいい、ヒゲの生えたおじさんばかり座っている。近所の人の集会所のような役割なんだろう。フェスティバルとは関係の無い人たちもたくさんいる。MacBookが舞台(と言ってもただ机を片付けただけのスペースであったが)に置いてあり、ボール、リング、クラブ、おなじみの道具が床に大量に並べてあった。ジェイはそこで、ゴールドの新型MacBookをいじっていた。見に来ている人の中には一般のお客さんも混じっている。そんな中、明らかに「いつも通り」ショーを始めようとしているジェイがいた。
私は前の方に座って、買ってきた炭酸ジュースを開けた。するとすぐにジェイが喋りだした。
「みなさんこんばんは。今年で僕は39歳になって、ジャグリングを30年続けていることになります。これから見せるショーは、『時間』に関するジャグリングのショーです。たぶんみなさんが見たことあるようなものとはだいぶ違うと思います。でも、気に入ってくれたら嬉しいです。では、よろしく」
するとまずジェイはカニエ・ウエストをかけて、リングをジャグリングしだす。「マニピュレーション」に重きが置かれた演技。時々、しつこいぐらいリングを「操っているだけ」のシーンもある。ただただパシパシと手から手へ渡らせるだけ。そして急に5枚のリングを空中にリズムよく一定時間放り投げたと思いきや、今度は3枚だけで変な振り付けをする。やっとジャグリングをしたかと思うと、またすぐに独特な振り付けをし始める。ジャグリング中にドロップをするとそれをカヴァーするために床にあった道具を拾って即興で高度な技を繰り出してみたり、壁に向かって投げつけたり、天井に思い切り当ててみたりする。
ひとつ流れを終えると、今度は話が入る。
「僕は小さい頃、おじいちゃんと一緒に湖に釣りに行くのが好きでした。でもその頃は生きた魚が針に引っかかる、ということが想像できなかった。釣りというのは、水面下に魚を持った人がいて、針が落ちてきたのを見ると引っ掛けてくれるんだと思っていたんですね。だから、魚が一匹も釣れない日は、架空の『魚人』にいわれのない怒りを向けていたものです。まぁとにかく、これが私の最初の”catch”に関する話です」
小噺が終わると、また別の道具を使ってジャグリングをしだす。この繰り返しであった。
ショーが終わったあとジェイに話しかけに行った。直接会うのは4年ぶりだ。奥さんのミルヤと、息子のシンドリくんにも挨拶をする。シンドリくんはほんの半年ほど前におぎゃあと生まれた、まだまだ小さな赤ん坊だ。(おぎゃあと言ったかは知らないけれど)騒音をがなり立てるショーの最中も泣き出すことはなかった。思い返してみれば1週間の滞在で、ただの一度も泣いたのを見る事はなかった。
ジェイが「コンニチワ」というと、シンドリくんはジェイを見た。私が「こんにちはシンドリくん」と言うと、今度はこちらを見た。ミルヤは、笑いながらまた「コンニチワ」と言った。すると手足をめいっぱい広げ、えい、えい、と空を突いたり蹴ったりしだした。私たち3人はじたばたするシンドリくんを見ていた。

 

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文・写真=青木直哉


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