ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(2)

2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号では、編集長自らがニュージーランドへ行き取材をしてきた様子を掲載しました。その全編を毎週水曜日、8月3日まで全5回でWebに連載。

お楽しみください。

(2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号より転載)

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ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(2)

キャラバンわぁわぁ

車が大きな草原の前に着く。中に入る道には鉄条網で柵がしてある。どうも農場のようだ。「あっちの方に羊の目が見えるだろう」とコリンに言われて向こうを見ると、車のヘッドライトに照らされてビカビカと光る動物たちの眼がたくさんこちらを向いていた。ああそうか、羊だ、と思っていると、コリンは車から私たちを降ろして、大きなキャラバンの前に連れて行った。可愛らしいキャラバンが目に入った瞬間、隣にいたディーナがわぁわぁ、突如として大きな声で騒ぎ始めた。
日本を出発する時には、てっきりコリンの家で空き部屋を貸してもらえるのだと想像していた。だが実際には、農場にぽつんと停めてあるパステルグリーンのキャラバンの中で眠るとのことらしい。
鍵を開けて生活用に改良された車の中に入ると、ディーナの興奮は頂点に達する。「オーマイグッドネス!」と30回ぐらい立て続けに言った。6畳ほどのキャラバンの中は赤で統一されており、ダブルサイズのベッドが一番大きな位置を占める。天井から吊りさげられた照明はトルコランプのような華麗な装飾が施され、控えめな光を放っている。水道が付いた簡易キッチンの上には、小さくて華奢な手編みのかごの中に、淡くキャンドルが灯されていた。ベッドの隣に洋服ダンスがあり、観音開きの戸板に取り付けられた鏡は真ん中から割れて線が入っていたが、立派だった。車の中にしてはだいぶ快適である。「ここで寝袋を敷いて寝な」とコリンは脇の方の大きなベンチを指差した。私が「うん」と言って寝る支度をしはじめるのを見てから、あとはディーナの褒め言葉と抱擁の嵐をひたすらに笑顔で迎え、相槌を打っていた。
「見てよ、これ!」といちいち目に移るものを声に出して描写するディーナ。盲者用の副音声かと思うほど、360度すべてについての説明をし、「かわいすぎる!!」と言っていた。「じゃあ、明日の朝迎えに来るからな」と言って、二人は空港から数えて通算20回目のハグをして、コリンは車に乗って去って行った。そのあとのディーナはやっぱり興奮しっぱなしで、電気を消しても「すぐ終わるからね」と言ってアメリカの彼氏に電話をかけ、そわそわそわそわ、いつまでもキャラバンを褒めていた。
私は、星空、きれいだな、と思っていた。

 

会場ヘ向かう

朝起きると、外から二人の女性の元気な話し声がしていた。片方は間違いなくディーナだ。しばらく目を閉じたまま、うーん、あと一人は誰だろう、と思い、勢い良く寝袋をはねのけて外に出て、挨拶をした。
モウニング、と言ったもう一人の女性は、ジョーといった。黒髪で、水色のシャツを着て、チノパンツを履いている。ディーナと同世代だろうか。快活ではあるが、ディーナよりは穏やかで話しやすい。イギリス生まれで、わざとらしいくらい見事なブリティッシュ英語を話す(いや、そりゃそうなのだが)。ジョーは大型のバンで来ていて、荷台にはキャンプ道具と、たくさんの段ボールが積まれていた。中にはちらほらジャグリング道具も見える。ニュージーランドに移住してきて「フリング」という名前のジャグリングショップを経営していたそうだ。もう個人輸入がインターネットで簡単にできる時代になってしまったので、今は店をたたみ、こうしてフェスティバルがある度に出張販売をするだけだという。もうじきこの商売もやめるそうだ。
朝ごはんのコーヒーとサラダせんべい(バンに唯一あった食料がそれだった)を食べていると、ニワトリがたくさんいる囲いの方から、メガネをかけたアジア人風の女性がこちらに歩いてきた。大きなサラダボウルにいっぱいの野菜を食べているディーナと私が、そちらを振り向く。「卵が採れたわよ」といって、プラスチックのタッパーに入れた新鮮な卵を見せてくれた。その女性は、中国の広州出身だという。話していると、これは今朝採れたての卵でとても美味しいからぜひ食べてみろ、と笑顔で勧められた。何もかけずにそのまま”Drink”しろ、と言う。断れるような雰囲気ではなかった。ディーナが、いかに産みたての卵がおいしいかをすでに力説し始めている。卵を受け取るとまだ温かく、ニワトリのお腹の下に手をさし入れているような気分だった。ディーナと広州の人はニコニコして見ている。しばらく躊躇したが、少し顔を強張らせて生卵をひざで割り、中身を飲みこむ。黄身は確かにクリーミーで、スーパーに売っているようなものとは全く違った。濃厚で、「生命のぬくもり」とはこのことか、というほどほかほかであった。
確かに美味しいといえば美味しいのだけど、なんだか、いったいこれは清潔なんだろうか、ということを心配し始めると急に恐ろしくなってしまった。ひとつ食べるくらいなら大丈夫かな、と自分を納得させて、にこにこ「美味しいよ」と伝えると、もう一個食べる? と訊かれた。エヘヘ、と笑い、すぐさまノォと言った。
食べ終わった卵の殻には、泥と羽毛がたくさんついていた。

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(3)へ続く
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文・写真=青木直哉


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