第57回「ツイッターの性格と僕個人の性格について」

このところずっと、少し長い文章を一度書いてしまってから、それを崩し崩しツイッターに載っけていたのだけど、どうもツイッターというメディアの性格にあっていないんじゃないかとふと思った。そしてかつ大事なことに、ツイッターの性格は自分に合っていないんじゃないかとも思う。
どうも、推敲している時間がない、というのがあまり好きではない。だったら推敲するメディアに移ればいいのだけれども、まぁ、毎日やる、と言ってやり始めたので、とりあえず続けて行こうとは思っている。しかし、なんだかこのスピード感を本当に自分は必要としているのだろうか、と思う。
実際、考える速度がとてつもなく速い人、またはそういう精神状態にあっては(まれにある)ツイッターの歯切れはちょうどいいのだけど、ひとたび深く考えたい、という時にあっては、ツイッターの速度では全く捉えきれないものについてばかり考えが及ぶので、ちょっと、住み分けが難しい。
これはおそらく私自身の使い方に難があるというか、そういう面もあるとは思うのだけど、一部的な理由として、性格の不一致というのか、じっくり腰を据えて文章を書く時間が欲しい、と思っている時に、ツイッターに気持ちが向いてしまうのが、のどのあたりがむずむずするような気分なのである。

文=青木直哉


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