第55回「ケ・セラ・セラ」

文章が書けなくなる時がある、というのを聞いていたことはあったけど、実際に自分の身に訪れたことはなかった。いや、正確に言うともちろんあったが、意識したことはあまりなかった。
それが、今自分に訪れたような気がする。

この第55回を書くのに、朝から5回分くらい文章を書いては消したのだけど、全く、書けば書くほど、どうしようもないものを書いているような気がして、滅入ってしまう。
何を書いても、先達の足元にも及ばないんだ、と思ってしまう。

大学生の頃お世話になった教授の著書の中で、椎名誠が「自分について書け」と言われて、5時間ほどうんうんと唸って、次の日もうんうん、と唸って考えるのだけれど、何も出てこずに、ふっと、そうか、俺は、自分について書くのが嫌なのだ、と悟って、それが自分なのだ、と気づくという話がある。

避けるべきものが明確に自分の中にあればあるほど、それだけ悪いものを書く可能性は(おそらく)減っていく。(たとえば私は、世界中、好きなところに好きなだけ、何度でも行ける航空券をあげるよ、と言われても絶対に「w」などというものを笑いの意味として使わない)

いいものを真似することや、自分が嫌いなことも含めてたくさんの他人が残した成果を吸収することはとても勉強になるけれど、それを批判的にとらえようとすると、もう、本当に、にっちもさっちもいかなくなってしまうのである。

けれども、実際には、それを越えていかなければならない。

関係ないですが、ドリス・デイはまだご存命らしいですよ。

文=青木直哉


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です