第46・47回「イギリスのジャグリングの大会BJCについての記憶を手繰り寄せてみると」

BJCは、キャンプを初めてジャグリングコンベンションで体験した初めてのことだったなあ、と今になって思い出す。
それでとんでもなくわくわくしたことも思い出せる。

BJCは、ブリティッシュ・ジャグリング・コンベンション、つまりイギリスのコンベンションのことで、年に一回、今年も4月に開かれる。
私が行った時はサセックス、ロンドンから少し南に行ったところ、サウスエンドというところで開催であった。

アイルランドに行って、ちょっと観光をしてから(ついでにホステルでパソコンを盗まれてから)、船でイングランド側に渡って、ロンドンを4時間だけ(その割に友人にたまたま会えたり、キングズクロス駅を見たり、充実していたけれど)観光してから大会に向かった。

別に友達がいたのでもなく、一人で向かったのだった。
英語もまぁ大会に行くくらいで不自由したことはないし、いきゃあなんとかなるだろうと思って行ったのである。

そういえばイギリスを訪れた時は、なんだか不思議な心地がしたような気がする。
フランス、ポーランド、デンマークなど、小さい頃には印象がとりたててなかった国々と比べて、イギリス、という国にはハリー・ポッターの影響などもあって、何か親しみがあった。それが原因かはわからないが。

英語が通じるというのも大きいのである。
なまじイタリアにずっといただけに英語がすんなり通じるのが、というか看板から何まで英語で書いてあるのが却って不自然にも思えた。

ただ実際コンベンションに着いてみると、見事に聞き取れない英語が飛び交っていたな。特に、スコットランドの人、ウェールズの人の英語。

よく言われるところではあるけれども非常にクセのある(まぁ当人たちにとってはそれがまさしく英語なんであるだろうが)言葉をしゃべるので、 これは果たして本当に英語なのだろうか、と思うことさえあった。
日本人は、アメリカの英語で教えられているんだということを強く思ったな。

結局一番仲良くなったのは、シンガポール人のゼンハオと、その仲間達、韓国人のインホンと、アイルランド人コーマック、オランダ人のトムと、香港人のアンジェラ、といういま気づいたけれども、私を含めて全員国籍の違うグループであった。
彼らは同じインペリアルカレッジの学生だったのだ。

彼らとの出会いは本当にたまたまであった。
駅から会場に向う途中で、向こうから声をかけてきたのである。はじめ、ゼンハオは日本人かと思ったので、思わず「あ、日本人の方ですか」と聞いてしまった。

普段は別に日本人だからという理由で旅先の人と仲良くすることはないのだが、BJCに来るぐらいの日本人ならば、仲良くなってみようかな、という気でいたのだと思う。

結局日本語の通じる人はおらず、インホンも「腹減ったー」とは言えたが、日本語を完璧に話せるわけではなかったので、英語で通していくことになった。(唯一、ニコラスという完全なイギリス人かと思いきや日本語ペラペラの青年ならいたが)

最近読んだ伊丹十三のエッセイで、外国人について述べた箇所があり、「わたくしにとって、彼らは、一個の人格である以前に、外国語そのものであるように思われる」と言っていた。
これには膝を打った。

BJCそのものは、初めて行く大きな大会だけあって始終興奮しっぱなしであった。
その年は結局、ブリアンツァコンベンション、NJC、FDC、EJCと、泊りがけでいくコンベンションにいくつも行った。

確かにこの最中ずっと楽しんでいたのは、(EJCはそうでもないけれど)外国語と触れながらジャグリングをする、ということであった。
これは、なんだか、自分の、核のようだね。

 

BJC2012

BJCで仲良くなった人たち。 左からトム(オランダ)、青木(日本)、インホン(韓国)、ゼンハオ(シンガポール)、コーマック(アイルランド)、アンジェラ(香港)。

文=青木直哉


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