第38回「できない技は一時間まで」のリミット

カナダで修行中のディアボリスト浦和新が、TwitterとFacebookで4ディアボロハイトス3回転ピルエットを練習する動画を出していた。
彼は「一時間練習しても成功しなくて地獄だ」と言う。

「一時間練習しても成功しないこと」を「自分の実力を上回ること」だとする態度は、できそうでなかなかできない、プロとしてけじめのある意識だなと思った。
できない技があると、何時間でもだらだらと練習してしまうのが常である。

ジャグリングだけではなくて、文章が書けなくて、丸一日かけて書いてしまうようなこともある。それはそれで達成はされるが、俯瞰的な視野で見ると、「できないことを無理してやっている」というだけのことで、言うなれば運を待っているような部分がある。

浦和新の態度には、「時間は限られてるんだから」という前提が明確に見えて、自分を高めようとする者の覚悟が感じ取れる。そうか、そうだよなー、と、同い年のアーティストだが、全然そんなことは関係なく、我が身を恥じた。

一方で渡邉尚さんのように、「メニューを決めて練習するということをしない」というやり方もある。彼のやり方は「感じる引力に従ってジャグリングをする」という全く別のアプローチであるから、またそれはそれである。彼なりの、けじめのある練習の仕方が絶対にあるはずだ。

浦和君には、明確にどこまで「できる」必要があるのか決める姿勢がある。5分を無駄にしても「無駄なことをしてしまった」と言う。そりゃいくらなんでも厳しすぎるんじゃないの、と思うが、根本的な意識はそれくらいでいないと技術的な高みは目指せないよ、というメッセージにも受け取れる。

壁を登るのと同じように、「上に登るには手の届くところの石を掴み続ける」というのは、どんな分野でも共通である。「帰れまテン」もいいが、限界を決めて、一度悔しい思いで練習場を後にするのもまた大事なガッツだぞと諭されたようであった。


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