第23回 「全体性の回復としてギヨームを見てみる」

昨日見たギヨームの動画がまた頭に残っている。
実に素晴らしかった。
ここで、電車に乗るのに駅まで歩いていて、エスカレーターに乗った瞬間にふと「そうか、全体性の回復を志向するのはいいな」と思った。
どういうことか。

「全体性の回復」というのは茂木健一郎氏が「癒し」について定義をするのに使っていた言葉で、たとえば仕事でデスクワークで頭ばかり使っている人は、休日には運動でもしたほうがかえってだらだら休むより「癒される」し、逆もまた然りである、というような、そういう話の中で出てくる。

ギヨームのディアボロの演技は、まさに「全体性の回復」を志向しているなあと思った。みんなが3ディアボロや、複雑な動きのインテグラルを習得しようとする中で、シンプルに、一個のディアボロと、身体と、その位置関係と、動きの緩急を使ってバリエーションを生み出している。癒される。

https://www.youtube.com/watch?v=wz7wCW5qanE … この動画の1:51~の高紅星(カオ・ホンシン)のアクロバットもそうだが、彼らが見せるものはディアボロの世界に欠けていたものである。
それが、ディアボロのコリをほぐすのだと思う。

だからなんだか、ギヨームのビデオは、とてもエキサイティングであるのだが、同時に「癒し」、今までの凝り固まった自分の視野への目薬であるように私には思えるのである。


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