月別: 2016年7月

ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(4)

2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号では、編集長自らがニュージーランドへ行き取材をしてきた様子を掲載しました。その全編を毎週水曜日、8月3日まで全5回でWebに連載。

お楽しみください。

(2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号より転載)

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ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(4)

レネゲードショー

レネゲードショー、というのは日本にない習慣である。欧米のジャグリングのフェスティバルには欠かせないイベントだ。夜10時、11時くらいから始まって、そのまま日付が変わるまでだらだらやっている。レネゲード用にセットされた舞台(といっても、照明が当たっているだけの空きスペースであることが多い)の前にみんなで集まる。集まった人の中から、我こそは、という人が舞台に入ってきて、なんでもいいので披露する。初日の夜、まず公式のイベントとして行われたのがこのレネゲードであった。
少数だが正統派のジャグリングをする人もいる。仰向けになった男の人の手で支えられながらヴァイオリンを弾く人もいる。母親にゲイであることを告白したときの話をする人もいる。MCが面白ければ面白いほど、大したことをしていなくても観客は大盛り上がりする。このフェスティバルのMCは、大柄で人のいい大道芸人のザックだった。日系ニュージーランド人のコウゾウと一緒に、オークランドの街角でバスキングをしているそうだ。
私も、酔った勢いに任せてディアボロの演技をした。実に、大盛り上がりだった。終わると、控えていた次のパフォーマーが愉快に話しかけてくる。その愉快な気分で、彼が調合した、ジンジャービールという汚い色の液体を勧めてきた。会場のみんなが「飲むな、飲むな!」と言う。私はすっかり酔っていて、それを勢いよく飲んでしまった。そのあと、口の中にずっと変な味が残り、なんだか気分が悪かった。

レネゲードショーが終わった後、私はガラショーに招待された。つまり、演じる方として。そういうわけで、次の日にミーティングをすることになった。

 

クリスティーンに会う

前日ファイアーセッションを経て遅くまで起きていたものの、不思議と目が早く覚めて、ミーティングが始まる時間までずいぶんあった。なのでフェスティバルらしいことをして過ごす。
コンベンションならではのワークショップの枠もこのフェスティバルにはある。それは各自がホワイトボードに書くだけで、その中から選んで好きに参加すればいい、という形態のものだ。別に文句を言われるわけでもないので途中から適当にぶらっと入ってもいい。正午になるまで、知り合ったクリスティーンとコンタクトポイのワークショップを受けたり、空いた芝生でディアボロを教えあったりしてぶらぶらした。
クリスティーンはオーストラリア出身の女の子である。見た目はむしろ日本人だ。彼女によれば、両親はマレーシアの中華系の家庭の生まれだという。だから一緒にいると、二人とも日本から来たのか、と尋ねられることが多々あった。というより、私はどこか東南アジアの人だと思われて、「日本から来たっていうのは君か」とクリスティーンが標的になった。
さて、正午になるとクリスティーンと別れて、昨日のレネゲードが行われた場所に向かった。なんということはなく、音楽を提出して、照明について説明して、それで終わった。実に簡単である。ミーティングが終わると、髪を濡らしたクリスティーンを見つけた。なにをしていたの、と聞いてみると、「ウォータースライダーが面白すぎて、もう今日だけで3回行っちゃった」ということである。その3回というのが、3本滑ったのではなくて、今日で3セッション目というような意味で、まず眠りから覚めてすぐに滑って、汗をかいたらまた滑って、ジャグリングに疲れたらまた滑る、というようなことをしていたそうである。呆れてしまった。朝から目覚まし代わりにウォータースライダーに行くクリスティーンは低い声で「あなたも次は一緒に行くべきよ」と言った。

 

プールのショー

ガラショーの前に、ジェイによるもうひとつのショーが行われた。「プールでやるらしいよ」と言われたので、私はてっきり「プールの辺り」でやるのだという風に解釈したのだが、実際に演技が行われたのは、本当に室内プールのへりであった。
会場にはフェスティバル参加者ではない一般の人も遊びに来ており、三々五々自由に遊泳していた。そこへジャグリング道具を持ってジェイがひょこひょこ現れて「どうもみなさん」と挨拶をして、ジャグリングをし始めたのだ。私はすっかり感心してしまった。ポカンとしている水着姿の人々が多い中、外からそのままの服装で入ってきた私は、なんだかすごく気分がいいのと、おかしいのとで、ゲラゲラ笑いながら演技を見ていた。もちろん全員が唖然としているのでもなく、面白がる人はとことん面白がって歓声をあげて盛り上がっていた。
そして、あらかた舞台上を暴れ終えて、そこら中に道具や毛糸や紙くずが散らばっている中、最後にきちんとプールの中に飛び込んでくれたジェイに、心から拍手を送った。

 

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冊子で読みたい方はこちら。他にもインタビューなど掲載。

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文・写真=青木直哉

16.PONTE cast 【EJC2016】part1 持ち物について、明日以降の予定

EJCの持ち物について、明日以降の予定 など。

EJC持ち物リスト 2016/07/24改訂版

【ぜひ持っていきたい持ち物】
・ジャグリング道具
・パスポート
・eチケット
・財布(EJCの期間だけ行くなら、当面必要な現金は300ユーロくらい、小銭だけを分ける財布もあるといい。通貨によって分けてもいいので、3つあるといい。)
・クレジットカード(あれば二枚)
・着替え(靴下、パンツ、Tシャツ、ショートパンツ、長ズボン、十分量。海水パンツ。ジッパーのあるポケット付きだとすごく便利。意外と寒くなるときもあるので、パーカー的なものと、長ズボン両方あったほうがよい。)
・テント
・寝袋
・寝袋の下に敷くマット
・ライト(ヘッドライトはおすすめ)
・サンダル(非常におすすめ)
・タオル(バスタオルと小さいタオルを各1枚でも間に合う)
・歯ブラシ
・固形石鹸
・カミソリ
・エコバッグ
・ビニール袋何枚か
・EJCチケットをプリントしたもの
・筆記用具
・扇子(ショーを待っている間など、テントの中は暑い)
・物干し紐
・充電器
・3個口タップ
・変換プラグ(イタリアはCタイプ)
・A4のジッパー付きファイル

【オプショナル】
・汗拭きシート
・お手拭きシート
・コンタクトレンズ
・カメラ
・iPhone、iPod類
・ガイドブック
・サングラス
・帽子
・日焼け止め
・南京錠

ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(3)

2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号では、編集長自らがニュージーランドへ行き取材をしてきた様子を掲載しました。その全編を毎週水曜日、8月3日まで全5回でWebに連載。

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(2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号より転載)

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ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(3)

芝生を抜ける風

身支度を整えるとジョーの青い車に乗り込んだ。農場を出て延々と走り続ける。だらだらと際限なく続く牧場、鉄道、森。牛が、羊が、馬が、いたるところに身体を横たえている。幅のある道路。乾いた日差し。間違いなくここは日本ではないなぁ、と気持ちが徐々に土地に対する他者としての実感に切り替わってくる。ニュージーランドに来ることを決めてからこちらに来るまでは、1週間しかなかったのだ。

一時間もしないうちに会場に着く。
プールとキャンプ場が一体となったレジャー施設だった。大部分が青々と茂った芝生で覆われている。早速テントを張ってやろう、と思って気がついたのだが、私の荷物はほとんどコリンのバンの中にあった。そしてコリンはそれを乗せたままどこかに行ってしまったし、いつこちらに着くんだかわからない。右往左往していると、ジョーが来て「もし昼寝でもしたいんなら私のテントを使いなさい」と相変わらず明るく言ってくれた。私はその言葉に甘えることにした。
ジョーのテントを張り終わると、唯一先に到着していた二人の青年たちクリスとマットが、昼食に誘ってきてくれた。会場には独立した建物の中にキッチンがあって、そこで何か食べよう、と言う。
キッチンの中を覗くと、流し台が6つついていて、冷蔵庫や電子レンジも完備、よく動く電気コンロもあった。共用の電気コンロというと、イタリア留学中に、10分間隔で勝手にブレーカーが落ちる(それと火力が全然出ない)ポンコツの記憶が鮮明であって、あまり信用できない。ビーフシチューを作るのに3時間くらいつきっきりで本を読みながら、がしゃんがしゃん落ちるブレーカーをその度に立って持ち上げに行ったのを思い出す。
二人はビニール袋に入ったレタスやトマトやツナ缶を出して、アーミーナイフを使って素材を切り、手早く手巻きサンドイッチを作ってくれた。巻くのに使ったパンは、少し厚めでぎっしりしていて、かみごたえがあって甘い。ベンチに座って食べ始めると、日差しが強くて、もうすでに日焼けをし始めていることを肌で感じ取る。出発した時の日本は、まだまだ冬の気候だった。
食べ終わってテントスペースに戻ると、他の参加者が少しずつ集まってきている。気温は22,3度ほどだ。日陰に入るとちょうどいい温度で、気持ちよい。前日の疲れがまだ取れていなかったので仮眠をとることにした。テントにもぐり、服をまくらにして、銀マットの上に横になる。周りの雨よけは張らず、蚊帳のような状態にして寝た。木立を抜ける風が中を通る。遠くの芝生でクラブパッシングをする声が不明瞭に耳に入ってくる。その様子をなんとなく想像しながら目を閉じると、私はもう一度、ああ、ニュージーランドに来たなぁ、と思った。

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ジェイの演技

夕方、車に相乗りさせてもらってフアパイへ行く。ジェイのショーを観るのだ。会場に入ると、ジェイは既にパフォーマンスの準備を進めていた。ぽっくりとした北欧風の天井照明が連なる、木を基調とした内装。気負いのないレストランだ。切り株のような椅子と背の高いテーブルがいくつもあって、お客としてガタイのいい、ヒゲの生えたおじさんばかり座っている。近所の人の集会所のような役割なんだろう。フェスティバルとは関係の無い人たちもたくさんいる。MacBookが舞台(と言ってもただ机を片付けただけのスペースであったが)に置いてあり、ボール、リング、クラブ、おなじみの道具が床に大量に並べてあった。ジェイはそこで、ゴールドの新型MacBookをいじっていた。見に来ている人の中には一般のお客さんも混じっている。そんな中、明らかに「いつも通り」ショーを始めようとしているジェイがいた。
私は前の方に座って、買ってきた炭酸ジュースを開けた。するとすぐにジェイが喋りだした。
「みなさんこんばんは。今年で僕は39歳になって、ジャグリングを30年続けていることになります。これから見せるショーは、『時間』に関するジャグリングのショーです。たぶんみなさんが見たことあるようなものとはだいぶ違うと思います。でも、気に入ってくれたら嬉しいです。では、よろしく」
するとまずジェイはカニエ・ウエストをかけて、リングをジャグリングしだす。「マニピュレーション」に重きが置かれた演技。時々、しつこいぐらいリングを「操っているだけ」のシーンもある。ただただパシパシと手から手へ渡らせるだけ。そして急に5枚のリングを空中にリズムよく一定時間放り投げたと思いきや、今度は3枚だけで変な振り付けをする。やっとジャグリングをしたかと思うと、またすぐに独特な振り付けをし始める。ジャグリング中にドロップをするとそれをカヴァーするために床にあった道具を拾って即興で高度な技を繰り出してみたり、壁に向かって投げつけたり、天井に思い切り当ててみたりする。
ひとつ流れを終えると、今度は話が入る。
「僕は小さい頃、おじいちゃんと一緒に湖に釣りに行くのが好きでした。でもその頃は生きた魚が針に引っかかる、ということが想像できなかった。釣りというのは、水面下に魚を持った人がいて、針が落ちてきたのを見ると引っ掛けてくれるんだと思っていたんですね。だから、魚が一匹も釣れない日は、架空の『魚人』にいわれのない怒りを向けていたものです。まぁとにかく、これが私の最初の”catch”に関する話です」
小噺が終わると、また別の道具を使ってジャグリングをしだす。この繰り返しであった。
ショーが終わったあとジェイに話しかけに行った。直接会うのは4年ぶりだ。奥さんのミルヤと、息子のシンドリくんにも挨拶をする。シンドリくんはほんの半年ほど前におぎゃあと生まれた、まだまだ小さな赤ん坊だ。(おぎゃあと言ったかは知らないけれど)騒音をがなり立てるショーの最中も泣き出すことはなかった。思い返してみれば1週間の滞在で、ただの一度も泣いたのを見る事はなかった。
ジェイが「コンニチワ」というと、シンドリくんはジェイを見た。私が「こんにちはシンドリくん」と言うと、今度はこちらを見た。ミルヤは、笑いながらまた「コンニチワ」と言った。すると手足をめいっぱい広げ、えい、えい、と空を突いたり蹴ったりしだした。私たち3人はじたばたするシンドリくんを見ていた。

 

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文・写真=青木直哉

ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(2)

2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号では、編集長自らがニュージーランドへ行き取材をしてきた様子を掲載しました。その全編を毎週水曜日、8月3日まで全5回でWebに連載。

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ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(2)

キャラバンわぁわぁ

車が大きな草原の前に着く。中に入る道には鉄条網で柵がしてある。どうも農場のようだ。「あっちの方に羊の目が見えるだろう」とコリンに言われて向こうを見ると、車のヘッドライトに照らされてビカビカと光る動物たちの眼がたくさんこちらを向いていた。ああそうか、羊だ、と思っていると、コリンは車から私たちを降ろして、大きなキャラバンの前に連れて行った。可愛らしいキャラバンが目に入った瞬間、隣にいたディーナがわぁわぁ、突如として大きな声で騒ぎ始めた。
日本を出発する時には、てっきりコリンの家で空き部屋を貸してもらえるのだと想像していた。だが実際には、農場にぽつんと停めてあるパステルグリーンのキャラバンの中で眠るとのことらしい。
鍵を開けて生活用に改良された車の中に入ると、ディーナの興奮は頂点に達する。「オーマイグッドネス!」と30回ぐらい立て続けに言った。6畳ほどのキャラバンの中は赤で統一されており、ダブルサイズのベッドが一番大きな位置を占める。天井から吊りさげられた照明はトルコランプのような華麗な装飾が施され、控えめな光を放っている。水道が付いた簡易キッチンの上には、小さくて華奢な手編みのかごの中に、淡くキャンドルが灯されていた。ベッドの隣に洋服ダンスがあり、観音開きの戸板に取り付けられた鏡は真ん中から割れて線が入っていたが、立派だった。車の中にしてはだいぶ快適である。「ここで寝袋を敷いて寝な」とコリンは脇の方の大きなベンチを指差した。私が「うん」と言って寝る支度をしはじめるのを見てから、あとはディーナの褒め言葉と抱擁の嵐をひたすらに笑顔で迎え、相槌を打っていた。
「見てよ、これ!」といちいち目に移るものを声に出して描写するディーナ。盲者用の副音声かと思うほど、360度すべてについての説明をし、「かわいすぎる!!」と言っていた。「じゃあ、明日の朝迎えに来るからな」と言って、二人は空港から数えて通算20回目のハグをして、コリンは車に乗って去って行った。そのあとのディーナはやっぱり興奮しっぱなしで、電気を消しても「すぐ終わるからね」と言ってアメリカの彼氏に電話をかけ、そわそわそわそわ、いつまでもキャラバンを褒めていた。
私は、星空、きれいだな、と思っていた。

 

会場ヘ向かう

朝起きると、外から二人の女性の元気な話し声がしていた。片方は間違いなくディーナだ。しばらく目を閉じたまま、うーん、あと一人は誰だろう、と思い、勢い良く寝袋をはねのけて外に出て、挨拶をした。
モウニング、と言ったもう一人の女性は、ジョーといった。黒髪で、水色のシャツを着て、チノパンツを履いている。ディーナと同世代だろうか。快活ではあるが、ディーナよりは穏やかで話しやすい。イギリス生まれで、わざとらしいくらい見事なブリティッシュ英語を話す(いや、そりゃそうなのだが)。ジョーは大型のバンで来ていて、荷台にはキャンプ道具と、たくさんの段ボールが積まれていた。中にはちらほらジャグリング道具も見える。ニュージーランドに移住してきて「フリング」という名前のジャグリングショップを経営していたそうだ。もう個人輸入がインターネットで簡単にできる時代になってしまったので、今は店をたたみ、こうしてフェスティバルがある度に出張販売をするだけだという。もうじきこの商売もやめるそうだ。
朝ごはんのコーヒーとサラダせんべい(バンに唯一あった食料がそれだった)を食べていると、ニワトリがたくさんいる囲いの方から、メガネをかけたアジア人風の女性がこちらに歩いてきた。大きなサラダボウルにいっぱいの野菜を食べているディーナと私が、そちらを振り向く。「卵が採れたわよ」といって、プラスチックのタッパーに入れた新鮮な卵を見せてくれた。その女性は、中国の広州出身だという。話していると、これは今朝採れたての卵でとても美味しいからぜひ食べてみろ、と笑顔で勧められた。何もかけずにそのまま”Drink”しろ、と言う。断れるような雰囲気ではなかった。ディーナが、いかに産みたての卵がおいしいかをすでに力説し始めている。卵を受け取るとまだ温かく、ニワトリのお腹の下に手をさし入れているような気分だった。ディーナと広州の人はニコニコして見ている。しばらく躊躇したが、少し顔を強張らせて生卵をひざで割り、中身を飲みこむ。黄身は確かにクリーミーで、スーパーに売っているようなものとは全く違った。濃厚で、「生命のぬくもり」とはこのことか、というほどほかほかであった。
確かに美味しいといえば美味しいのだけど、なんだか、いったいこれは清潔なんだろうか、ということを心配し始めると急に恐ろしくなってしまった。ひとつ食べるくらいなら大丈夫かな、と自分を納得させて、にこにこ「美味しいよ」と伝えると、もう一個食べる? と訊かれた。エヘヘ、と笑い、すぐさまノォと言った。
食べ終わった卵の殻には、泥と羽毛がたくさんついていた。

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文・写真=青木直哉

ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(1)

2016年7月4日発売『書くジャグリングの雑誌:PONTE』第12号では、編集長自らがニュージーランドへ行き取材をしてきた様子を掲載しました。その全編を毎週水曜日、8月3日まで全5回でWebに連載。

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ジャグリングがつなげるもの 特別編 ジェイ・ギリガンに会いに。(1)

ニュージーランドに行くことを決める

その時私は白いシャツの上に黒いセーターを着ていて、平日の昼に暇な人たち(しわくちゃなおじいさんとか、読書がいかにも好きそうなおばさんとか)に囲まれて、近所の市立図書館の長机で茂木健一郎とジャズミュージシャン山下洋輔の対談本を読んでいた。そして急に、「そうだ、俺はなんか面白いことをしよう」と思い立った。
心を決めたら別に理由もなく机を立って外を歩きはじめて、じゃあ行こうか行くまいか迷っていたニュージーランドに旅に出よう、と決心した。その日家に帰ったら、まず海外に行くことを実家の両親に伝えてその場でパソコンを開いてチケットを取った。
出発は一週間後。
国について何も知らなかった。どれくらい時間がかかるかも知らなかった。一体いまどんな気候なのかも、果たしてビザはいるのかどうかも何も調べなかった。

出発の日の夜8時に、チャイナ・エアの飛行機は、ニュージーランドに向けて出発した。

 

コリンおじさん

ニュージーランドは二つの島からなっている。
その中でも北にある島の真ん中に位置する”オークランド”が最終目的地だった。
オークランド空港では5時間以上待つことになっていた。あらかじめ連絡をしておいたコリンおじさんに、町まで車で乗せて行ってもらうためだ。夜まで迎えに来られないというので、別に急ぎでもないから彼を待つことにしたのだ。コリンとはFacebookで知り合っただけで、面識はない。
空港に着いたのは17時。ずいぶん大仰な検疫があって、ロビーに出たのは18時過ぎだった。
2万円をニュージーランドドルに両替する。受付をしてくれたのは肌の浅黒いおじさんだ。マオリ族の血を引くのかもしれないし、東南アジア系なのかもしれない。そのお金を持ってマクドナルドに行ってお腹をみたしてから、残りの時間を過ごすために入国口前の黒いベンチに座った。
ずいぶんな数の風景を黙って眺めることになった。とんでもない金切声をあげながら半狂乱で待ち人に駆け寄るおばさん、ブロンドの若い女性を静かに微笑して迎える、刺青だらけの兄ちゃん、頑張ってみんなが映るように棒でセルフィーを撮る日本人の卒業旅行の団体。

コリンは青いクラブ3本を持って後ろから現れた。
「元気か」
と言って、ニンマリ笑いながら覆うように私の肩を抱いてきた。ずんぐりしていて、強そうだった。髪の毛はほとんど剃ってある。下はベージュ色の半ズボン、上は釣りに行く時に着るようなジャケットを羽織っている。アゴには白い無精ヒゲが生えており、シワといい、その手の大きさといい、大胆さと年齢の重ね方の重厚さが黙っていても伝わってきた。暇だし俺たちにはコーヒーが必要だし、カフェに行こう、というので、空港の二階でコーヒーをご馳走になった。
彼は軍人として海を渡ったこともあり、70年代には日本も訪れたそうだ。ラグビーが大好きで昔はプレイもしたし、今でも観戦はよくするという。キウイ(ニュージーランドの人は自分たちのことをこう呼ぶ)の誇り、オールブラックスが踊るマオリ族の舞踊「ハカ」や、原住民の文化、言語についても終始笑顔で語ってくれた。

 

ディーナとコリンと街へ向かう

もう一人私と同じように車に乗る、ディーナという女性がいた。ハワイ生まれだが今はアメリカに住む50代だという。もう時計は23時過ぎを指していたが、またさらに2時間ほど待つことになった。合計7時間も空港のロビーにいたことになる。
コリンと一緒にまたマクドナルドのポテトを食べていると、ブロンドの女性が出国ロビーの中に入ってきた。
コリンはニヤリとしてその人と抱き合い、積もる話を意気揚々とし始めた。これがディーナのようだ。それまで不完全な英語話者(私だ)とずっと話していたこともあって、ストレートに英語を話せるのが嬉しいようにも見える。足早に歩き始め、車に乗って、コリンはエンジンをかけた。

もう深夜であるが、交通量はそれなりに多い。空港から高速道路を抜けて、オークランドの街を眼下に臨みつつ郊外の町フアパイへと向かう。彼はフアパイでピッツェリア(ピザ屋)を経営している。その店の向かいのレストランで、フェスティバル前夜のジェイ・ギリガンによるショーも行われる。まずは初日の宿泊場所へと向かった。

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文・写真=青木直哉

PONTE第12号内容紹介 「MONOLITHを振り返る」

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ジャグリングが、新しい言語で語られはじめている

2015年末に東京・中野で行われたジャグリング公演『MONOLITH』。
ジャグリングの世界に突如現れた異質な二人、山村佑理と渡邉尚が立ちあげたカンパニー「頭と口」の旗揚げ公演でした。

ほぼ各回(全5公演中4回)で、出演者とゲストが語るアフタートークがあり、その模様は事前に行われたクラウドファンディングのリターンである特典DVDに収められました。

しかしやはり、文面としても記録に残しておきたい、ということで、
特別に許可を頂き、文字起こし、編集をしたうえでヤサぐれ舞踊評論家乗越たかお氏のもの(と、PONTE編集長青木のもの)を掲載することに。

乗越氏の回では、舞踏と「頭と口」のジャグリングを重ね合わせる話や、身体が先んじて知っていることの言語化の話、など、ジャグリングでは滅多になされることのない見方からの話題が多々あり刺激的。

編集長青木の回では、MONOLITHというタイトルの話や、頭と口の二人の互いの関係性の深い部分などが読めます。

 

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税込600円で、販売中。書店での取り扱いは、今のところありません。こちら↓よりどうぞ。

乗越たかお氏の情報はこちらから
Twitter: https://twitter.com/NorikoshiTakao
ホームページ:http://www.nori54.com

 

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